「アキエさん、貴重なお休みに不快な思いをさせてしまってすみませんでした」
さっきからタカコは謝ってばかりだ。
「いいってば。タカちゃんのせいじゃないし。タカちゃんさっきから謝ってばかりだよ」
「だってあんなヤツだとは思わなくて」
トモエの店である。アキエとタカコは今日朝早くから伊勢神宮に行ってきたのだ。

タカコのお願いというのは、婚活サイトで知り合って何度もメールを交換した男性がいるが、ひとりで会うのは不安だからついて来てほしいということだった。
メールの印象では、感じがよく、礼儀正しそうで、かと言って堅物でもなく、顔だけの写真はイケメンというわけではないが、さわやかに見えた。

アキエは最初自分なんかがついて行っていいものか、一度は断ったが、タカコがひとりで行くのはどうしても不安だからと押し切られてしまったのだ。

行き先は三重県の伊勢神宮。車で2時間ほどかかる。マルヤマというその男は神社仏閣が好きで、伊勢神宮へは何度も行っているらしく、まだ一度も行ったことがないタカコをぜひ連れて行きたいという話しになったらしい。

アキエも去年離婚したりといろいろあったので、伊勢神宮でお参りしたい気持ちがわいてきて、タカコについて行くことにした。

「わたしのことを相手にはなんて言うの?」
「わたしの叔母ってことにします。実はもうマルヤマさんには了解をもらってます」
「わたしがもし断ったら?」
「アキエさんなら絶対に力になってくれると思ってました!」

そして今日伊勢神宮へ行ったのだ。
待ち合わせ場所に現れたマルヤマは、ベルトギューな男だった。
アキエには、一目見てタカコの落胆がわかった。
37歳と聞いていたが、45歳に見える。
頭髪はもはや薄めだ。
いや頭髪はマルヤマのせいではない。遺伝が関係するかもしれず、そこは責めてはいけない箇所だろう。
服装のセンスが、ひどすぎる。35歳でそれなりの企業に勤め、それなりの収入もありそうだが、あまりファッションにはこだわりがないようだ。

茶色とベージュのチェックのダンガリーシャツのボタンを首元までしっかりボタンをはめ、ノーブランドの薄い黒のダウンジャケット(ユニクロではない)は、縫い目からダウンが飛び出していた。黒のチノパンツの丈はなぜか足首がすっかり見えていて、黒のビジネス靴下を履いていた。
靴は白のスニーカー。これまたノーブランド。なにもアディダスやナイキを履けとは言わないが、見たところ一足2,980円のワゴンセール品に見えた。
特に目を引いたのは、ズボンをこれでもかと締め付けていたベルトだ。
マルヤマは細い男だった。サイズが全然あっていないのかもしれない。太ももがズボンの中で泳いでいた。
いやいや、ファッションセンスは変えられる。もし付き合ったらタカコが変えていけばよい。
しかし、タカコはすでに戦意喪失していた。
シワが寄っているズボンを見て、タカコはアキエに小さな声で言った。
「ベルトギューですね」
タカコの肩が10センチは落ちた。

待ち合わせ場所からマルヤマの車で伊勢神宮に向かった。
車は10年以上前の濃紺のトヨタヴィッツ。10年大切に乗ってきたという感じは微塵もなく、所々塗装が剥げていた。後ろのバンパーは白と紺色のまだらだ。

休日の伊勢神宮の駐車場はすでにいっぱいで、外宮からの参拝はあきらめ、川沿いの駐車場に車を停めた。

マルヤマは本当は外宮から参拝しないと意味がないとブツブツ言っていた。
内宮の橋の前の鳥居の前に立ち、一礼をする。
砂利道を歩いて行くと、太い樹木が何本もあり、その木々にさわるとパワーが伝わってくるようだとアキエもタカコも厳かな気持ちになった。

本殿の前でお参りをしようとするとマルヤマが大きな声で言った。
「タカコさん、五円玉持ってますか?ご縁があるようにお賽銭は五円と決めてるんです。よかったら五円玉二枚と十円、両替しますよ」
知り合いと思われたくなくて、ぬけるような青い空を見上げ、白い息を吐いた。

「それからまだあるんですよ」
タカコはだんだんと怒りがこみ上げてきているようだった。
参拝を終え、お腹もすいたことだしと、伊勢神宮門前のおはらい町に入ってすぐの、土産物と食堂が一緒になった大きな店に入った。
「僕は伊勢うどんにします。あっちで食券売ってます。一杯五百円ですから。伊勢神宮に来たら食べ歩きがいいので、あまりお腹一杯にしないほうがいいですよ。伊勢うどんにしましょ。そんなに量もないですから」
と、またしても大きな声で言った。
アキエもタカコもドコデモドアがあったら、今すぐここから消えたいと思ったという。
「それからどうなった?」
トモエは楽しそうだ。
「別におごってほしかったとは言いませんが、あまりにもケチすぎて呆れました」
「あのベルトギューは結婚できないかもね」
もう誰もベルトギューがマルヤマという名前であることを忘れている。
「干物の試食している店があって、普通何回も食べませんよね?ベルトギューったら、何度も試食して店の人が嫌な顔しててもお構いなしなんですよ。食べ終わったあと指を舐めて、ズボンでぬぐってました。それで買うならまだしも、買わずに出てきちゃって。最悪なヤツです」
「食べ歩きって試食のことかよ」
トモエが苦笑する。
「赤福にも行きました。赤福餅二個とお茶がついて210円です。寒いから本当はぜんざいがよかったんですけど、こっちこっちって。もちろん割り勘で210円払いました」
「最後がもっと最悪で」
最初の待ち合わせ場所に着いた時、マルヤマはこう言ったという。
「ガソリン代は一人千円でいいです」

「メールじゃその人の本質はわかりませんね。ベルトギューのメールは、神社仏閣好きでドライブ好きで、食べ歩きが趣味の、高学歴で一流企業に勤める、さわやかな人って感じでした」

会ってみないと人は本当にわからないと、タカコはうなだれた。

「タカちゃん、大丈夫、大丈夫。そんなヤツばかりじゃないって。もっとステキな男は世の中にいっぱいいる」
トモエがなぐさめても、タカコはなかなか立ち直れそうになかった。
「ネットで知り合うってむずかしいですね。アキエさんに無駄なお金と時間を使わせてしまって、すみませんでした」
「でも伊勢神宮に行けたからいいじゃないの。今度はみんなで行こうよ。あの荘厳な雰囲気はすごくよかった。ベルトギューはさ、この際いなかったことにしよう」
「みんなで笑おう。ベルトギューには悪いけどさ、期待しすぎたのもいけなかった。次行こう、次」
トモエが明るく言った。

「そうそう、アキエさん、刺繍の作品はありますか?また出品してみましょう」

タカコはもう立ち直って、明るく言った。

人は吐き出すと、立ち直りが早い生き物なのだった。