平城京の正門・羅城(らじょう)門跡のすぐ西側にある奈良県大和郡山市の発掘現場で、8世紀の羅城(城壁)跡とみられる柱列跡が見つかり26日、県立橿原考古学研究所(同県橿原市、橿考研)が発表した。周辺で大量の瓦が見つかり、京の南辺に位置し外国使節を迎えた羅城門の両脇付近が、瓦ぶきによる築地塀だった可能性が初めて明らかになった。橿考研は「平城京の正面玄関の景観を知る貴重な発見」としている。
羅城跡が確認されたのは、平成17年に羅城門跡から東約500メートルの下三橋(しもみつはし)遺跡(大和郡山市)で発見されて以来2例目。
柱列は計6個の柱穴からなり、一辺50~60センチで2・7メートル間隔で東西に並んでいた。この柱列の南側で2個の柱穴らしき跡も見つかったが、用途は不明。
17年の調査で見つかった羅城跡の柱穴は一辺約1メートルで、今回出土した羅城とは異なる構造という。
元興寺文化財研究所(奈良市)の佐藤亜聖(あせい)主任研究員は「羅城門は海外からの使者を迎える正門で、当時の首都の威厳を示すため、玄関近くは瓦ぶきの立派な築地塀にし、離れた場所は張りぼてのような板塀にした可能性もある」と話す。
現地説明会はなく、出土した土馬( どば)や軒瓦などは、27日から橿原市の橿考研付属博物館で展示される。問い合わせは同館((電)0744・24・1185)。