中学校１年。

「写生大会」

美術教師の教育の賜物だ。

廊下には、ズラァ～～～～っと「水彩画」が並んでいる。

そんな中で、絵具をゴテゴテと塗りたくったオレの「絵」は、かんっぺきに浮いていた。

とうぜん「賞」なんか、とれるはずもない。

・・・・もっとも、「賞」が欲しいなんてことは思ったこともない。

そこまで神経がまわらないってのが正直なとこで・・・

とにかく「生きてる」・・・・・「呼吸してる」ってだけで・・・転校してきた、１年生の時は精一杯だった。

それでも、オレの「絵」を前に「微かな騒めき」が起こっていた。

それが、「謎の転校生」としてのオレという生徒に対してのものか・・・・それとも、単純に「絵」に対してのものかはわからない・・・・

２年生の時には、静かな「騒つき」が、声のある賞賛になっていった。

２年生。

それなりに友達ってのもできてはくる。

美術の授業で、みんながオレの「絵」を見てもいる。

どうやら、最初は、あまりの「水彩画」と違った「絵」に、みんながとまどったらしい。

・・・・・先生が教えるのと全然違う「絵」だ・・・・

それが、１年生の時の「静かな騒めき」の真相だったってことだ。

最初に声を上げたのが陸上部の面々だった。

そう、２年生から始めた陸上部。

「カズ！すげーな！」

そこから

「ああ、言ってもいいのか」

って、みんなが気づいたように

「絵、すごいよね」

声をかけられるようになった。

学校では・・・・オレ達の学年、絵が上手いって「御三家」って呼ばれるのがいた。

ひとりは、美術部部長。・・・・・そりゃ、当たり前で絵が上手い。

いっかにも美術部部長という・・・・芸術と教育との狭間・・・みごとなバランスの水彩画を描く。

中学生の王道の絵・・・・・

そりゃ、美術部の顧問は、オレを目の敵にしてる「美術教師」だったんだから当然だ・笑。

「上手い」

みんなを納得させる絵を描く。

そして、もう一人がオレだった。

美術の成績としては　３　をつけられていたけど、

「写生大会」

生徒の人気では　３　じゃなかった。

学年で、３本の指に入っていた。

「写生大会」には　賞　が与えられる。

当然、賞取りでは、美術部部長の絵が最有力だった。毎年毎年、何らかの賞をさらっていった。・・・・その他も美術部の面々が多かった。

オレの絵は、賞の評価としては低かった。・・・・そりゃ、そーだ、オレに　３　をつけてるヤツが最高決定権者だ・笑。

しかし、人気は高かった。

「賞」が発表される度に、生徒間では、ちょいとした騒つきが起こるほどだった。

・・・・やっぱり、美術部に花を持たせるんだ・・・・

１年生の時に騒つきが起こり・・・・２年生で、そこそこ大きな声になり・・・・３年生では「贔屓」だってな、あからさまな非難の声すら上がっていた。

オレは気にしてなかった。

本当に、気にしてない。

オレの方が上手い。

・・・いや、技術的なことはともかく・・・・そりゃ、美術部部長のほうが技術は上だと思う。

しかし、「絵」という・・・・芸術、美術作品としては、圧倒的にオレの方が上だと自負していた。

・・・・・何より、そう言ってくれる生徒が多かったしな。

・・・そうだ。人気は高かったんだ。

中学も３年の時には、

オレは、陸上部で優勝もしたし・・・・学校の伝統行事の「騎馬戦」でも総大将を務めた。

それが相乗効果を生んだのか・・・・オレの「絵」が人気では１番だった。

・・・・まぁ、さすがに田舎の事で、描いてる机にひとだかりができるってことはなかったけれど・・・・

それでも、

「売ってくれ・・・」

真顔で数人の生徒に言われたことがある。

「初めて、絵が欲しいって思った」

そんな嬉しいことも言われた。

それだけで充分だ。

・・・それに・・・

「賞取り」って部分では理解もしてたんだよな・・・・

「写生大会」

あくまで教育の一環ってことだ。

ってことは、「水彩画」ってことが大前提にあるわけだ。

だから、あくまで「水彩画」の描き方というルールに乗っ取ってなきゃならないんだろう。

オレの「絵」は、参加資格として外れてるってことなんだろう。そう理解していた。

美術教師は、オレに　３　をつけ続けた。

その　３　評価の「絵」に、賞を与えるってわけにはいかないだろうよ・笑。

不思議と腹も立たなかった。

おそらく・・・・

「賞」なら、小学校時代に散々取った。

何より、自分の実力は良くわかっている。

今さら、田舎の美術教師の評価が低かろうが、別にどーでもいい。気にしない。

「田舎教師の職務への勤勉さ。真面目さ」

って思っただけだ。

もちろん、　アホくせーーーー　　とは思ってたけど・笑。

あとは「相性」もかなぁ・・・・

「絵」ってのは、感性の代物だ。

学校の授業とはいえ、教師との「相性」ってのも、あるんだろうとは思った。

・・・・なんせ、この美術教師、一回も褒めなかったからな・笑。

「オマエ・・上手いなぁ・・・・でも・・・授業は水彩画だからな・・・水彩画ってのはだな・・・・」

こんな風に言ってくれれば、ここまでこじれることはなかったんじゃないかって思う。

・・・まぁ、もう、どーでもいい。

自分が納得できる、色、絵が描ければそれでいい。・・・・・そして、何人かが「欲しい」とまで言ってくれれば、それで十分だった。・・・・・お世辞で言ってるんじゃないのは、その顔でわかった。

本気で「欲しい」・・・・そう思ってる。

「メッチャ好きやわ・・・・」

真顔の中山さんを思い出す。

・・・中山さん・・・・今頃どーしてんだろうなぁ・・・・

他人から、それだけ求められれば充分だ。

オレにとっての「賞」は、その言葉だ。

田舎の美術教師の評価など、どーでもいい。

「カズくんも行くやろ？」

煙が漂う中、沖永が言う。

沖永は、オレのことを「カズくん」と呼ぶ・・・・ってか、紺野のことも「紺野くん」

みんなを「くん」付けで呼んでる。

麻雀・・・パチンコ、ボーリング・・・・あとは映画・・・・

特に、沖永は映画好きだ。

流行りの映画がやってくれば皆を誘って行きたがる。・・・・・今回は「映画」じゃなかったけれど・・・

「ブーケ」を読み終わって立ち上がる

・・・・新しい漫画本へ・・・・本棚へと歩く・・・・

「いや・・・オレはパスだ・・・・」

「そっかぁ・・・・」

それ以上、沖永は詮索しない。何するの？どこいくの？一緒に行こうよ・・・・そんな詮索はしない。

オレたちの関係は、そんな感じだ。

毎日のように一緒にいる。・・・・・だからといって「１から１０まで」全てを知ってる・・・・全てを知らなきゃならない・・・そんな関係じゃない。

もとより、それぞれの高校も違う。

それぞれが、高校で、どんなふうに学校生活をおくってるのかも知らない。・・・・まぁ、そんなとこに興味もない。

映画に行く・・・・ライブに行く・・・・その時々で、行きたいヤツが集まる感じだった・・・・今回は映画でもライブでもなかったけれど・・・・

その日は・・・・オレは・・・用事がある。

・・・・・それよりも・・・・

動けないでいた。

本棚の前で動けないでいた。

本棚の前。板張り。窓の前だ。

「朝顔」を見ていた。

そうだ、紺野の夏休みの宿題だという「絵」だった。

中学校、絵が上手い「御三家」

美術部部長。

オレ。

・・・・そして、もうひとりが、紺野だった。

紺野の絵は、基本に忠実だった。

習った水彩画というのか・・・・美術教師が喜んで　５　をつけるだろう絵だ。

正直、中学校の時・・・・紺野に負けるとは思わなかった。

オレの絵の方が上手い。

圧倒的な自信を持っていた。

美術部部長に対しても・・・・技術では負けてる部分があるかもしれない・・・・でも、絵としては負けてはいない。・・・・そう思っていた。

そうだ。

学校で一番「絵」が上手いのはオレだという自負があった。

・・・・・負けていた。

目の前の「朝顔」

紺野が、夏休みの宿題だという「絵」

高い技術が見えた。

・・・・もう、オレには、どうやって描いたのか、わからない部分がいっぱいある。

ショックだった・・・・

ショックというか・・・

なんというか・・・・紺野が違う世界に住んでるんだと思い知らされたショック・・・

オレは工業高校だ。

工業高校には「美術」、その授業そのものがない。

絵筆を握るということすら、ここ数年やっていない。

・・・・・その数年の間に、紺野は、オレが届かない、遥か彼方・・・・別の世界に行ってしまっていた。

中学校は、同じ学校だ。同じ授業を受け・・・・同じテストを受け・・・・

しかし、高校は違った。

道が分かれているんだ。

もう、すでに道は分かれているんだ。

紺野とオレは、今・・・・今、この同じ空間に存在してる。

同じ空間で、麻雀している。

・・・・でも、紺野とオレには・・・・すでに見えない壁ができていた。

決して、このあとの人生で交わることのない壁・・・・

紺野とオレは、もう、違う人生を歩んでいる。・・・・・それを叩きつけられたショックだった。

麻雀卓を囲んでいる、志村、南原、沖永、紺野・・・・そして、雑誌を読んでる東。

志村は、紺野と同じ、県下で有数の進学校だ。

南原、沖永・・・・それでも、県下で２番手グループの進学校だ。

東は・・・・東も、一番下とはいえ普通高校だ。

東の家は、建設業をやってる。・・・・市内では３本の指に入る。

そうなんだ、社長の息子って立場だ。

未来の社長って立場だ。

建設系の大学に行くのが至上命題なんだと言っていた。

・・・・そうだ。

ここにいる連中のなかで・・・

オレだけが、

オレだけが、高卒で就職することになる。

道は、ハッキリと分かれていた。

コイツらと、オレは、キッチリと見えない壁で仕切られていた。

あと半年・・・・あと半年もすれば、オレは就職するんだ。

あと１ヶ月もすれば、就職試験が始まる。

「朝顔」を見ていた。

一歩も二歩も人生で差をつけられたショックを受けていた。

人生で、一番自信を持っていた「絵」

そこを、見事に打ち砕かれた。

・・・・しかも「夏休みの宿題」で、だ。

夏休みの宿題。

その「朝顔」を呆然と見ていた。

「敗北の朝顔」見えない壁。