麻衣子と結婚するんだと思っていた。

 

 

・・・・いや、

 

そこまでは深く考えてはいない。

 

 

気がつけば一緒にいた。

 

 

生れた年は同じ・・・・麻衣子は「早生まれ」なので、学年はイッコ上。

 

 

 

麻衣子の母・・・叔母。

 

そして、オカン。

 

 

手が空いた方がふたりの乳児の面倒をみた。・・・・乳を与えた。

 

 

麻衣子とオレ。

 

 

文字通りの、

 

「乳姉弟」として育った。

 

 

だから、

 

 

気がつけば一緒にいた。

 

 

「イトコ」ってのは、数えられないくらいいる。

 

 

親族の集まりなんかで顔を合わせる。

 

 

なんとなーくで、「ツレ」みたいなものができてくる。

 

 

オレと麻衣子。

 

 

いつだって、ふたりで遊んでいた。

 

 

常に、叔母の後ろに隠れているような女の子の麻衣子。

 

腕白小僧のオレ。

 

麻衣子は、いつだってオレの後ろにいた。

 

 

麻衣子は「妹」だった。

 

 

 

「このふたり・・・結婚するんだろうね」

 

 

 

なんとはなしに・・・・

 

親戚中。

 

そんな空気になっていた・・・・・

 

 

 

「結婚」

 

 

 

そんな意味などわからなかった。

 

 

 

しかし、

 

 

お互いが、

 

「好き」だ。

 

 

それはわかっていた。感じていた。

 

 

しかし、

 

 

小学生。

 

 

そんな言葉は口には出せない。

 

 

 

ウチは・・・・

 

 

親父の商売失敗から、

 

生活は奈落の底へと転落していった。

 

 

 

その頃からか、

 

麻衣子は「姉」となっていた。

 

 

 

麻衣子とオレ。

 

同じ年だ。

 

 

 

しかし、

 

 

学校に行くようになり、

 

 

嫌でも、

 

 

「いっこ上」

 

 

それを実感させられるようになっていく。

 

 

そして、

 

 

学年が上がっていけばいくほど、

 

 

その「いっこ上」は大きなものになっていく。

 

 

 

中学1年生と2年生じゃぁ、えらい違いだ。

 

 

中学生と高校生じゃえらい違いだ。

 

 

 

・・・・・いつからか、

 

 

麻衣子は「姉」でしかなくなっていた。

 

 

 

・・・・・そして、麻衣子は離れていった。

 

 

 

「どこに行くにも一緒」

 

 

 

そんな時代は遠くに過ぎていった・・・・

 

 

 

オレの気持ちは変わっていない。

 

 

 

いつだって、

 

 

心の奥底に麻衣子がいた。

 

 

麻衣子が好きだった。

 

 

 

・・・・「愛してる」

 

 

年齢があがるにつれ、

 

初めて、その言葉を使うほどに想っていた。

 

 

 

 

今。

 

・・・・その麻衣子に「結婚話」が持ち上がっていた。

 

 

 

 

相手は・・・・・

 

 

相手は・・・・そう・・・・あの男だ・・・・

 

 

 

この辺では見かけることもない、高級車を乗り回すあの男・・・・

 

 

 

麻衣子が、

 

助手席に乗っているのを見たことがある。

 

 

この辺では見ない高級車だ。すぐにわかった。

 

 

 

田舎では、

 

 

「車」で個人が特定されることが多い。

 

 

 

日本を代表する高級車。

 

 

 

村で、

町で、

街で見かけたことは何回かあった。

 

 

 

麻衣子の家の前に停まっているのを見たことも何度もある。

 

 

何度か、

 

顔を合わせた。

 

 

会えば、挨拶くらいはするようになっていた。

 

 

 

最初、

 

 

初めて町で見かけた時、

 

男は、かなりの「年上」なんだと思った・・・・そうじゃなきゃ、こんな高級車には乗れないからだ。

 

 

「トヨタ クラウン」

 

 

・・・・・いつかはクラウン。

 

 

日本の高級車の代名詞。

 

一般人が乗っていい車じゃなかった。

 

 

「経営者」

 

「社長」

 

そう呼ばれる人種が乗る車だった。

 

 

 

・・・・・麻衣子を、その助手席で見かけた。

 

 

 

 

叔母たちが言っていた。

 

 

「・・・・どこの玉の輿に嫁ぐんだろうねぇ・・・・・」

 

 

 

オレの小さかった頃には、

 

オレの嫁さん確定だったはずが、

 

 

中学・・・高校と、

 

他の田舎娘たちからは、桁違いに美しくなっていく麻衣子を見て、みんなが囁いた。

 

 

 

高校生の麻衣子を、

 

オレは、

 

ただ眩しく見ていただけだ。

 

 

県下でも有名な「美人高校生」と噂になっていた。

 

 

毎朝、

 

麻衣子の登校を、「入待ち」する男子が現れるほどに美しかった。

 

 

その麻衣子とオレが、

 

実は、親戚なんだとバレたときの、周りの反応ったらなかった。大騒ぎになったな・・・

 

 

日本の高級車。

 

クラウンの男の彼女・・・・

 

「玉の輿」

 

 

男は、どれだけの「年上」なんだろうな・・・・

 

 

 

・・・・ところが違った・・・・・・

 

 

男は、そこまでの年上じゃなかった。

 

 

麻衣子の「2こ上」・・・・つまりは、オレの「2こ上」でしかなかった。

 

 

・・・・そして、「茶髪」・・・・・ついでに言えば「チビ」・・・・・まぁ、オレと変わらないってことなんだけど。

 

 

スラっとした長身の麻衣子とはどうにも釣り合わない。

 

 

 

1階。

 

大広間では喧々諤々の議論が続いていた。・・・・時おり、ここまで声が聞こえてきた。

 

 

 

・・・・どうするんだ・・・??

 

 

・・・しかし・・・・それでいいのか・・・・??

 

 

 

議論は堂々巡りを続けている。

 

 

 

日本の高級車を乗り回す男。

 

 

・・・・・・最初「玉の輿」と思われた、その男・・・・

 

 

実態は、

 

22歳。

 

 

しかも、

 

「クズ男」でしかなかった。

 

 

 

どこのクソ田舎にも存在するクズ野郎。

 

 

車に全てのカネを注いでる大馬鹿者。

 

 

パッキンのぼさぼさ頭。

 

 

「高校中退」のクズ。

 

 

 

・・・・・・オレは、

 

・・・・・・オレは、

 

 

小学校、中学、高校と「虐められ」続けてきた。

 

 

・・・・・・特に、

 

 

このクソ田舎での、

 

高校での虐めは筆舌に尽くしがたい。

 

 

どれだけ、

 

心が折れそうになったかわからない。

 

 

 

・・・・・それでも踏みとどまった。

 

 

精神的に壊れ、

 

朝は起きられず・・・・・吐きながらも高校に通い続けた。

 

 

・・・・・そこには、紺野や、志村の存在が大きかった。・・・・・・一番大きかったのは先生の存在だ。

 

 

がっこーに通い続けた。

 

 

 

「高卒」

 

 

「高校中退」

 

 

 

そこには、雲泥の差があるとわかっていたからだ。

 

 

たぶん、

 

 

「大学卒」

 

 

「高校卒」

 

 

その開きよりも、

はるかに大きな「格差」があることは想像できていた。

 

 

「高卒」

 

 

社会的底辺では、ある。

 

 

しかし、

 

 

「卒業」

 

 

最後までやり遂げた証ではある。

 

 

「中退」

 

 

「逃げた」証だ。

 

 

途中で投げ出したという事実の証だ。

 

 

 

世の中が、

 

会社が、

 

どう判断するかは明らかだ。

 

 

 

だから高校に通い続けた。

 

 

石にかじりついても卒業した。・・・・・そして、「新卒」という就職を果たした。

 

 

 

 

目の前に麻衣子がいた。

 

 

麻衣子も所在なさげに氷の溶けた麦茶を飲んでいる。

 

 

 

「美しい・・・・」

 

 

 

思った。

 

 

久しぶりにマジマジと姿を見た。

 

 

オレが、東京に出て行ってから会っていない。

 

 

 

美しさに磨きがかかっていた。

 

 

 

今は、

 

オレは東京に住んでいる。

 

 

「キレイ」

 

 

そういう女の人を見る機会は増えた。

 

 

会社にだって「キレイだなぁ・・・」

 

 

そう思う先輩は何人もいた。

 

 

 

・・・・・しかし・・・・・

 

 

麻衣子の美しさは別次元だった。

 

 

キリリとした眼元。

 

シュッとした顎のライン。

 

 

それらが「生意気そう」・・・・そんな印象をもつ。

 

しかし、

 

その表情が、

 

 

極度の「人見知り」からきていることを、オレはよく知っていた。

 

 

 

「美しい女性への成長」

 

 

その表現に、

 

 

 

「サナギから蝶に生まれ変わった」

 

 

 

そんな言い方をする。

 

 

麻衣子の場合は、

 

その蝶が、さらに、別の種族へと変貌を遂げたようだった。

 

 

何か、

 

 

全てをそぎ落としていった感じ・・・・

 

 

全ての「無駄」をそぎ落としていったような美しさだった。

 

 

「眼が合った」

 

 

麻衣子が微笑む。

 

 

 

慌てた。

 

ずいぶん、長い時間、麻衣子に見惚れていたんだと気づいた。

 

 

 

1階の喧騒。

 

結婚させるべきか否かの親族会議。

 

 

 

・・・・・麻衣子にかける言葉・・・・・言うべき言葉が見当たらない・・・・

 

 

 

「・・・・いいのか・・・・・?」

 

 

 

それだけが精いっぱいだった。

 

 

 

「うん」

 

 

満面の笑顔で頷かれてしまった。

 

 

 

 

眼下の議論は決着がつきそうにない。

 

 

 

それでも、

 

本人が「いい」と言ってるんだ。

 

麻衣子は、

 

あの男の元に嫁いでいくんだろう。

 

 

 

身の置き所がなかった。

 

 

 

先に帰るよ。

 

 

言いながら立ち上がった。

 

 

振り返る。

 

 

 

「麻衣子・・・・幸せになれよ・・・・」

 

 

精いっぱいの強がりを言った。

 

 

 

「うん」

 

さっきと同じ。

 

満面の笑顔。頷き。

 

 

 

 

そぉっと階段を下りた。

 

 

静かに玄関を開けた。

 

 

 

愛車に乗り込んだ。

 

 

エンジンをかけ走り出す。

 

 

 

 

・・・・・そうだ・・・・・

 

 

 

本人がそうしたいと言ってるんだ。

 

 

結婚させるしかないんだ・・・・・

 

 

 

麻衣子のお腹には、

 

 

「新しい命」が存在していた。

 

 

 

・・・・そうだ・・・・

 

結婚させるしかない。

 

 

 

・・・・・しかし・・・・・

 

 

 

「妊娠」

 

 

クズ男の最終手段だと思った。

 

 

あのクズ男には、

 

このあとの人生で、

 

麻衣子ほどの女を手に入れる機会はないだろう。

 

 

麻衣子を手に入れるためなら何でもするだろう・・・・

 

 

男なら、

誰だってそうするだろうな・・・・・

 

 

 

窓の外。

夕暮れがせまっている。

 

 

・・・・・なんども通った道だ・・・

 

なんども、

 

麻衣子に会いに通った道だ・・・・・

 

 

 

ただ、

 

いつもと違うのは、

 

 

バイクから車になったことだ。

 

 

 

・・・・記念すべき初愛車だ。

 

 

「スカイライン2000GT」

 

 

オレたちの憧れの車だった。

 

 

もちろん中古車。

 

4年落ち。

 

 

 

それでも、

 

給料の全てをローンにつぎ込んで買った。

 

 

 

・・・・そう・・・・・

 

 

オレも、

 

あの「クズ男」と同じだ。

 

車に、全てを注ぎ込んでいた。

 

 

クラウンと張り合うには、

 

今のオレには、こいつで精いっぱいだった。

 

 

・・・・・助手席・・・・・

 

 

麻衣子を乗せたかった。

 

 

・・・・もう、機会はないだろうな・・・・

 

 

 

麻衣子をバイクの後ろに乗せた。

 

あの、まわされた腕の感触を忘れない。

 

 

一生忘れない。

 

 

 

麻衣子。

 

 

幸せになれ。

 

 

 

負け惜しみはある。

 

それでも、本気でそう思った。