すいません、凄く久しぶりの更新です。
いいネタが思いつかなくて……。
さて、例えば「非の打ちどころのない人間」というのがもし周りにいたらそれはそれは恐ろしいことだと思います。
二次現状として文字で書いてそのままならともかく、三次元上にいたら気持ち悪いですよね。
何が言いたいのか?
それはですね、人間、何かしら欠落していたほうがいいんです。
有耶無耶でちゃんとした定義なんて夢聊かに考えられた事なんてない完璧なんて言葉ほど辞書に載るべきではないものがあるでしょうか?
そもそも何を以てどういうものを完璧というのかなんて己と他者の感覚なんて違うに決まっている。
時代によって求められるものは違うし、人間の価値を数字で例える事は出来ても%で表す事は勾股弦の定理が間違っているという事を証明するよりも難しい。
つまり、無理なんです。
だからこそ面白いんですよ。
だからこそ自らの心の奥底に眠るどす黒く脈打つ欲望が興味を沸騰させるし、完璧主義のお堅いメイドよりかはドジッ娘メイドの方が愛されるに決まっている。
そして矛盾は何よりも愛すべきものだ。
道理に適った物事なんて見ててつまらない。
どうせならしっちゃかめっちゃかで矛と盾に満ち満ちたものがいい。
間違った事なんてそこらへんにある、だって正しいものなんか何も証明できないし、結局先人の言葉とか質より量の民主主義が必ずしも正しいものとは言えないし、そもそも人間自体のどこが正しいなんてのは軍国主義のような下らない精神論でしか説明できず、明確な理由を問おうとすればその口は「黙れ」の一言で止められ、興味と知りたいという欲望はそこで尽きる。
裕福だろうが貧乏だろうが人間に必要なのは「説明力」と「知りたいという子供たちの欲望に対してどれだけ大人や親が対応できるかどうか」かと、個人的には思うんですけどね………