前回記事から急なお話で辛いのですが。
長くなります。

ガランさんが、7月19日正午頃
自宅にて息を引き取りました。

辛い話ですが、私が記録として記しています。
辛い表現もあるので、苦手な方はこの先は読まずにこのご報告のみで終わりにしてくださいね。














先週土曜日、急に体調を崩し、病院にて点滴で抗生剤の治療を受けました。

口が半開きで目も虚ろ。舌先が少し見えて血の混じったヨダレも見える状態で、水もご飯も食べませんでした。
歯槽膿漏で以前抜歯した歯茎に膿が溜まっていたらしくそれが溢れ出し飲み込んだのだろうとのこと。
左側の顎が腫れて動かなかったのだけど骨折ではなかったのでその時はホッとしました。

変な咳をたまに苦しそうにするのが気になっていました。

その日は食事どころか水も口にしなかったのに、口の痛みや違和感が引いたのか翌々日には水も飲みササミや鳥の肝を湯がいたものをパクパク食べました。桃やゴールドキウイも少しあげました。

土曜日曜と抗生剤と点滴を受けてましたが経口の抗生剤へ変更。

この数日、ヨロヨロ歩くこともありましたが、18日は朝から水も全く受け付けず寝たきり。
なのに夕方急にむくっと起きてトイレに行きました。ちゃんとトイレの枠内にウンチ、2日ぶりに出た。

これは持ち返してくれるかもと思い、抱っこして歩いて病院へ連れて行き高カロリー流動食・ウェットフードを購入。

外の空気を久し振りに感じて気持ち良さげな顔をしていました。

帰宅後シリンジで数回に分けて流動食を飲んでくれ、ウェットフードも指で食べさせるとたくさん食べてくれました。

食べれるようになって体力が戻れば、なんとか乗り越えられるかもと期待が一気に高まり、その日は私達も明るい雰囲気で夕食を食べました。

残りはまた明日ねって約束したのに。
夜は私の横でグッスリ寝息を立てて寝てたのに。

翌朝は流動食を少しシリンジで流し入れたのみでウェットフードは受け付けず。
四つん這いで少しフラフラ歩いてたけど、ガランさんのクッションに横たわらせて私は会社へ向かいました。

たまたま、前日体調を崩して迎えに行き早退したユウさんが念のため19日も学校を休んだので、調子の悪いガランの様子を見てくれることになり仕事に行くことにしたのだけど、朝から私が原因不明の腹痛。

薬を持って出かけました。
今思えばガランが会社に行かせまいと念じたのかな?
通勤中もまだ腹痛が続くので薬を飲み、仕事をしているとユウさんから電話。

ガランが横になってるけど調子悪そう。何か食べさせた方がいい?って。食べさせず様子見で。

1時間後、ガランがおかしいって電話。
目も閉じず、舌が長く出てると。
上司に相談し早退しました。

新宿から電車に乗ったとたん我慢しても我慢しても涙が滲みました。

自宅に到着し、おそらくもうダメなんだろうと感じていたので、まずはユウさんに「大変なことお願いしてごめんね。ほんとにありがとう」と笑ってお礼。

ユウさんが運んで、私の指示通りガランさんのクッションに横たわらせてくれていました。
きっと怖くて不安で悲しかったと思う。ほんとうにかわいそうな事をさせちゃった。

見たところ、目を開けて横たわってるだけにしか見えない。

私がつくまでの間、聴診器で心音を確認してもらったり息をしてないか確認してもらったけどダメだって言うユウさんの報告が間違いなんじゃないかって、何度も私も確認したのだけど…

私は死に目には会えなかったけど、まだガランさんの身体が温かいうちに帰宅できて、ユウさんには本当に感謝しています。

熱中症疑いで早退して翌日も念のため休んだユウさんが自宅にいてくれたから、ガランは一人で旅立たずに済んで本当に良かった。

今、側に寝かせてるガランさんは綺麗でとても息をしていないようには見えない。
でも、もう冷たく硬くなってしまってる。現実なんだろうな。

21日に火葬です。
明日は急遽在宅で仕事をする事になりました。
PCあれば8割の仕事はできるので。
ガランの側にいられます。

お別れの日までの間、みんなで感謝とお別れの言葉をたくさんかけて撫でてあげます。

この1週間、子供達の居ない時に号泣しながらガランを抱いてたくさんありがとうを言えました。
17年もの間、一緒に生きてくれた。たくさんたくさん想い出を作ってくれた。
なのに、私は何が悲しいのか?



昨晩、寝室に連れて行こうと思ったらいつのまにかクッションに居なくて一階中探し回った。
結局、クローゼットの隙間から中の隙間に入って真っ暗な中で四つん這いで立ってたのを発見。
その時にはもう今日の事がガランにはわかってたのかな?

今日のお昼、最期の直前には、むくっと立ち上がってキッチンへ行き、「キャイン」と一声だけ鳴いたそうです。
ガランさんの「キャイン」なんてもう随分聞いてなかったです。

その後、ユウさんがキッチンへ見に行くと、冷蔵庫と壁の隙間に頭を突っ込んで息絶えていたそうです。慌ててクッションまで運んだのだけど、首のグッタリ感が普通じゃなく、諸々普通の状態でないので私に電話をしてくれた、という流れです。



将来、私が天に召された時にはまた私の所に来てねと念押ししました。
またたくさん遊ぼうって約束しました。一方的にだけど。

ガランが一人暮らしの私の元に来てくれた日の事は、今でも鮮明に覚えてる。
抱きかかえても大人しく暴れも鳴きもしなくて、すぐに懐いてくれた。
運ばれてくる間ケージの中でウンチしちゃってガランが自分で踏んづけて足にくっつけてるのも知らず抱っこしちゃってたけど、それすら可愛かった。

一歳のお誕生日お祝いとかクリスマスとか。
ケーキのチョコプレートに「ガランくん」と入れてもらうの恥ずかしかった(笑)


色んな時を色んな場所で過ごした。
若い頃は週末に、薬院から大濠公園まで歩いて、大濠公園二周してまた歩いて帰るくらいお互い若くて体力もあったな。
ドッグカフェにも行ったなー。
17年って長すぎて沢山の想い出がありすぎて書ききれません。



とにかく悲しい。
人間で言えば90代だとか。
大往生。長患いしたわけでもなし。
1週間弱、私達に覚悟の時間もくれた。
なのに、それでも悲しい。