小説:老いてガキ大将

71.9才は健康で過ごせられる男性のターニングポイント。
もう、とっくにこの年をクリアーした一人の老人が、ガキ大将のようにテンヤワンヤと痛快に日々をかっぽする。
周りに笑いと涙を振りまきながら「男、留吉は今日も行く」。
「ヨッ、ガキ大将」。
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第六章 社会経済、家庭問題相談所 ①

 投票には欠かさず行くし、多少の税金だって払ってきた。戦時中にゃあ、やれ供出じゃあ云うて、自分たちの口に入れる分まで兵隊さんに送ってきた。終戦後は芋腹をゆすりながら買出しにも精を出してきた。
尋常高等小学校を出てからは何度か転職もしたが力いっぱい働いてきた。
さあこれから老後の人生を楽しむ時に「一体、日本はどうなるのじゃ」。
留吉や年寄り連中は皆こんな心配をしている。
「失業者が広島県と岡山県の両方を合せたぐらいおるらしい。テレビのニュースで夕んべ言いよった」
「毎日のように、大きな会社が倒産しよるがしまいにゃあ会社がないようになるんじゃないじゃろうか」
老人の心配は尽きない。
橋国の爺さんが「今は元禄時代のその後の時代で、皆、大遊びをした挙句に残ったのは借銭だけだったという状態じゃあなかろうか」
「そうじゃろうてぇ。大遊びをすりゃあ人間も下衆になるもんで、簡単に銭儲けをしてやろうと思って、人を騙したり、他人の物をぶんどったり、銭の為になら何でもありで道理の欠片すらない者が多くなってきている」
三時のおやつを口に運びながら世相分析は続いた。
「戦時中は、戦争に行った者も苦しんだが、行かなんだ者もやれ供出だ、空襲だいうて苦しんだ」
「戦争が終われば終わったで、食う物はないし、芋のつるやドングリまで食うたんじゃがのう」
「何とか家族に飯だけ食わしちゃらにゃいけん思うて、会社から帰りゃあ鍬の先が見えんようなるまで働いたもんじゃ」
「皆、自分のことは自分で切り開く前向きな時代じゃったのう」
北村の爺さんが「そうじゃ、その頃にくらべりゃあ今は皆がお国や数少ない成功者におんぶに抱っこされとる感じじゃ」
「人は弱い者じゃあ。誰かが成功するとそいつの提灯持ちを始める。失敗すりゃあ、アッという間に蜘蛛の子を散らすようにおらんようになる」
今のことはすぐに忘れがちだが、昔の事をしっかりと覚えているのは年寄りの特徴。
いつになく話は弾む。
最後に行き着く話が嫁の悪口。
「息子や孫に貯金を残しといてやろう思うて頑張ってきたんじゃが、何処の家庭を見てもどうもうまくいかんのう」

 留吉は考えた。
「年寄りのよたよたパワーでもう一踏ん張りして社会や経済の建て直しをしたらどうだろうか」 。


 頭には鉢巻をし、胸には冥土訪問前維新と書いたタスキを斜めにかけ、杖で体を支えた。背筋を伸ばしてマイ クを握る。
「私たち老人は、この荒んだわが国の現状を憂い、このままでは安心して冥土に出掛ける事もできません」
「金が総べてかのような拝金主義、金のためなら何でもありの商人道、お天道さんは決してお許しにはなりません」
「政治家も役人も商人もコギャルも姑も嫁も目を覚まして欲しいのです」
「そこで、冥土に旅立つ前に我々年寄りが、今までの経験と知恵を生かして森羅万象の問題解決のご相談に乗る運動を進めております」
留吉の後ろには、仲間の年寄りが杖を振上げて通行人の目を引いている。
「我々老人は二つの宝を持っています。一つは過去の経験に基づく知恵であります。もう一つは質素倹約で溜め込んだ年金です。この二つをお国の為に役に立て閉塞状況にある我が国再生に向けた中興の礎になろうとしているのです」
ヨタヨタの爺さんや婆さんの集団に最初は怪訝そうに通り過ぎていたが、この言葉で人々の足が止まりだした。
留吉は、手で入れ歯の位置を直し「私達老人は、わが国の歴史と同じ艱難辛苦の道を通りました。悲惨な戦争の経験だけでなく、家庭にあっては嫁姑問題や兄弟喧嘩の経験。町内会のトラブルから屋根裏のネズミ退治まで何でも経験をしてまりました。経験ある年寄りたちが皆様の悩み解決のために立ち上がります。社会の構造改革を強力に推し進めるー冥土訪問前に緊急対策として社会経済、家庭問題相談所を開設することに致します」
「相談員には、唯我独尊で鼻つまみ者として嫌われていた者、又、家庭不和でトラブルの耐えなかった経歴を持つ者を特に厳選しております。それ故に反面教師としてお役に立てることを確信しております」
相談所は家の玄関に「冥土訪問前緊急対策―社会経済、家庭問題相談所」のシールが貼ってありますのでお気軽にお入りください。
「選挙で一票でも票の欲しい立候補の方、倫理や道徳に反して悪徳残虐の過去を持つ方、権力を振り回している唯我独尊病の方、嫁姑戦争中の方、寒い冬でも一晩中走り回る暴走族の方、私達相談所は親身なご相談をさせていただきます」
「なお、当相談所の相談料は無料であるばかりでなく、逆に相談感謝金をお支払い致します」
なんだ、なんだと何重にも取り巻いている観衆の中から拍手が起きた。
長い演説にしゃがみこんで道路のさくに腰をおろしていた爺さん婆さんが慌てて立ち上がり、皆で杖を振上げた。



*この小説は全てフィクションで、実在の団体・企業・人物等とは一切関係ありません。






第5章 「もったいない」と「梅干の効用」 ②



 孫が転んでできたタンコブに、家内が生米を口で噛んで貼り付けていたのを見て「汚い事をしてばい菌が入ったらどうするんですか」
「昔から生米を口で噛んで貼り付けりゃあ腫れが取れる言うんよ」
これが一発目であった。
二発目は梅干が引き金であった。
数日前から風邪気味の孫がどうも不機嫌そうなので、体温を測ったら四十度近くある。
コリャアいけん云うて豚のプーさんのパンツを取ってお尻の穴に梅干を貼り付けた。
多分、水戸の黄門さまがお考えになったんだろうがこれは効く。
元気が出たように泣き声も大きくなった。
早引きをして帰った嫁がこれを見て
「何で梅干をお尻に貼り付けたりするんですか」
タオルで梅干の貼りついた尻を拭きながら
「肛門が赤く爛れているじゃあないですか」烈火のごとく怒りだした。
「梅干が乾くまでつけときゃあ熱が下がるんじゃがのう」
このド阿呆には、米や梅の持つ神秘さがわかっとらんらしい。
「ケツデカお婆の教育はどうなっとるじゃ」
戦火の口火は突然切られた。
「お父さん、口でご飯をクチャクチャと噛み砕いてこの子に食べさせているでしょう」
「不潔じゃあないですか」
俺の膝から孫を取り上げ、不動明王のように足を踏ん張り、充血した目を見開いて右手を振り下げながら怒鳴り始めた。
「いやいや、焼酎を先に飲んでるんで立派に消毒できとる。お前の亭主もこうして大きくしたんじゃが」
この弁解は嫁をさらに立腹させたらしい。
矛先は家内に向かった。
「お母さん。この子にお母さんの乳を咥えさせて遊んでいたでしょう」
何処で見とったんかしらんが、家内はこのお母さんゴッコが一番の楽しみであった。
「遊んでいたわけではないのよ、乳を欲しがるもんじゃけぇ私の乳を咥えさせたんが何が悪いんね」
嫁は、子供を右手で抱いて反対の手にボストンバッグ二個ぶら下げて「実家に帰らせていただきます」飛び出した。
大きなケツが半開きのドアに当って「ガチャーン」。
吊り下げの蛍光灯がゆらゆらと揺れた。
心の太陽を掻っさらわれるという思わぬ成り行きに途方に暮れた。
帰ってきた息子に事のてん末を伝えた。
「ありゃあ、わしが若い頃患った甲状腺亢進症じゃああるまいか。妙に怒りっぽいんじゃが」
「いっぺん医者に行かしたらどうじゃ」
大体に最近の男は、男らしくない。
見る間にしょんぼりして晩飯も食わずに二階に上がってしもうた。
そのうち、息子も嫁の実家のほうから会社に行きだし、孫から息子まで取られる非常事態になった。
 息子夫婦が帰ってくるきっかけは家内が病気で倒れてからだった。


それから間もなく家内は亡くなったのだが、家内がいなくなって何をやってもドジを踏むようになった。
孫に庭の柿をもいでやっている時、枝ごと地面に叩きつけられ、足を骨折してしまった。
「おじいちゃんスーパーマンみたい。すごい」庭で見上げていた孫は手を叩いて喜んでくれた。
そのリハビリをかねての老人保健施設への入所だった。

 新しい環境は、いくらケアーさんが親切だからといって寂しいものは寂しい。
目は冴えて眠れそうにない「誠にすみませんが睡眠薬をいただけませんでしょうか」
誰か熱を出したのだろう、氷を水枕に入れる音がする。今年のインフルエンザはあっという間に蔓延しだした。



*この小説は全てフィクションで、実在の団体・企業・人物等とは一切関係ありません。

第5章 「もったいない」と「梅干の効用」 ①

 だいたいのところ嫁と姑というのはうまくいくはずがない。
ショートステイで入所してきた北村の爺さんと食事が対面という事もあって、よく話をするようになった。
何しろ、この爺さん人生論でも議論できるのだから、ここではそれなりに貴重な知的友人といえる。5_1
トイレの帰りに爺さんの部屋の前を通りかかったので「どうかいのう」声をかけて首だけ覗き込んだら論語や漢詩の本が箪笥の上にうずたかく積んである。
恐る恐る「現役時代は何をされていたのですか」丁重にお尋ねすると、一番恐れた事態になった。
「高校で漢文の教師に奉職し三十数年――」
慌てて部屋に帰り、掛け軸を引っ張り降ろして一番下の引き出しにしまい込んだ。
どうも出会いが悪い。
こんな時、亡くなった家内がいれば「お父さん頑張るんよ」励ましてくれたもんだが。

 家内は、「もったいない」が口癖であった。
洗濯は、全自動洗濯機に風呂の水をバケツで十数杯汲みいれる。スイッチを入れたままにしておくと自動的に洗濯、すすぎ、脱水と進むので、洗濯が終わる瞬間に電源を切る。そして別の洗濯物をその都度入れてスイッチを最初から押すということを順番にやる。
ゆるぎない集中力を要するので、持ってきた椅子に正座して新聞を読みながら待つ。
ひととおり読み終わると折り込みチラシの裏が白いのだけをよりだし、紙バサミにはさみこんでいく。
メモにするのだ。
その間、すすぎも水を取り替えないように同じ水を使い何回かすすぐ。脱水はしないで手で絞る。
風呂は毎日三分の一の水を入れ替える事にしている。つまり、前日の風呂水を三分の一汲み出して、その分だけ新しい水を入れる。もちろん汲み出した水は洗濯機に入れる。
三分の二が前日の風呂と言うのは、どうしても濁りがあるが、これも慣れで慣れると何ともない。

 それはさておき、我が家の一日は家内が五時ごろから始める洗濯機の音でスタートする。次に嫁が、不機嫌そうな顔をしておきてくる。毎度の事である。
だいたい今の人は「おはよう」の挨拶すらできん。こちらが先に「おはよう」と挨拶をする。
気圧と関係があるのか低気圧だとなお不機嫌な顔になる。
朝ご飯は息子と共稼ぎの嫁はばらばらに食べて出かけていく。
家内はご飯をよそいながら「おまえ今晩は何合食べるのじゃあ」
朝飯をかき込んでいる最中に、晩御飯に食べる米の量を聞くのが習慣である。大体は不機嫌そうに「八勺とか三勺」とか「そんなもの今から分かるか」心の中で反論しながらぶっきらぼうに答える。
これが、第一次嫁姑紛争の引き金となった。

 実家のお母さんが妙に顔を紅潮させて 「娘には稽古事一つ他所さまのお嬢様に負けないだけの教育をしてまいっております。今までひもじい思いなんか一度だってさせた事はありません」
何を言いたいのかケツデカお婆。
「して、本日は何用でござるか」
「お宅様に嫁いで以来、娘は満足にご飯もいただいていない様子」オヨヨーと泣き崩れた。
「このド阿呆、一番飯を食うとるのは嫁じゃあ」と言いたかったが、我が家のご飯システムについて説明をする事にした。
「ご飯は炊き立てのものが一番おいしいですし、一度に大量のご飯を保温しておくよりも、その都度炊くほうが電気代も安いんですがのう」
「どうだい合理的だろう」アゴを突き出してやった。
ケツデカお婆は逆襲に出た。目を吊り上げた瞬間、寄ったしわの間から白粉の塊がポロリと落ちるのもかまわず「そのご飯システムでは申告した時と違って、もっと食べたい時はどうするんですか」
「ひもじい思いをしたまま寝るんですか」
家内も、ただ事ならぬ雰囲気に一大事と駆け参じて来た。
「そうですよ。完全な自己申告性ですし上限設定をしているわけではありません」家内もフォローしてくれる。
「この習慣を続ければ食べるご飯の量なんて正確に予測できるようになるんです」
俺は自己申告と予測についての関係をわりやすく説明する事にした。
「近くに養鶏場がありますが、鶏の餌だって季節によって、その年令によって食べる量は違うのですが、データをもとに餌の量を正確に予測し的確に仕入れ準備をしているそうです。そうする事によっ5_2 て飼料の効率的な仕入れができるのだそうです」
これが、ケツデカお婆の血圧をさらに上げたらしい。
瞬間、汗が噴出し、大きな流れとなり白粉の剥げ剥げロードを作り出した。
「娘は鶏ですか、もう話にもなりません」
突然、立ち上がると手土産らしき紙袋を引っさげると玄関のドアを「ガチャーン」。
吊り下げの蛍光灯が激しく揺れた。
その晩、嫁は申告どおり、山盛りの三膳飯をペロリとたいらげ、ジロッと俺のほうを見るので、あわててオデンの皿を手前に引き寄せた。

 あれやこれやがあったが、孫が生まれると我が家にもしばらくは穏やかな日々が続いた。
そのうち、嫁も勤めに出だし、日中は老人二人と孫だけのこの世の極楽であった。
お昼には嫁がこしらえておいた離乳食を人肌に温めてスプーンで口に運んでやる。目に入れても痛くないほどのかわいさである。
昼寝は孫の側で添い寝をする。
息子に似た寝顔は食べてしまいたいくらいかわいい。まさに極楽浄土。
ところが戦火の兆しは、孫を挟んで少しずつ拡大をしていった。



*この小説は全てフィクションで、実在の団体・企業・人物等とは一切関係ありません。



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