男女の生殖をする悪魔(じみた)としての性格

 



生殖行為をするネコの男性器が射精する際にとげを出してメスの卵子を下ろしやすい構造になっていたりするようである。

 

これはどういう事を意味しているんだろう?

 


哺乳動物自体のオスとメスの肉体構造が生命の冒涜をしていたりもする。

 

男性が戦争や仕事で肉体的にも精神的にも、傷つき、殺されてさらに仕事で、お金といった単位で飼い殺されることになる。

 

以下の文はこれらを解説している。

女性の権利を封じないと、どう見立てても全世界で宗教上の意識は薄められて子供を持つという事は出来なくなり。国の制度においても子供の出生数は回復しない。

 

 

それが現代女性も同じく。

だが、女性は年齢が若ければ年収の高い男性に見初められる。

そして、約80%のホームレスが男性になるので、金と生活に関してそれ程は心配しなくても良いようだ。

 

 

その代わりに、

女性は平和な時には肉体的、身体的「女性の場合に外見的には、その流線に近い体を男性に見せ。それは、可視化もされ男性に興奮してもらい。その上、肉体の内部に孕み産むという形で内在化している」

 

 

しかし、殺されることは希になるがその為に危機感やそれに関しての意識はなく。

ありと、あらゆる能力が開花しない社会の構造をしてもいる。

そして、家庭内で傷つき、さらに。お金という意味、食料と居住地、衣服を男性に提供される事になり飼い殺される事になる。

 

ここで、触れるのが女性の子供を産める年齢が見積もり40代までという事になる。その合間に20才から出産が推奨されてもいる。実は歴史という年をまたぐと、日本の婚姻適齢期は12才からだった。

女性の初排卵期は10才からになる、16才で子供を生物上は産める。

 

オスの性の衝動の営み自体も。

初精通は12-15才になる。

性行動により妊娠、出産は痛みを伴い。個人は衝動的には快楽があったりもする。衝動的に性欲が万年的に起こる。

これが人の営みである。

 

男性は性衝動が異常におかしく。女性は肉体表現自体異常に発達していておかしく。女性は妊娠、出産といった痛みを伴いつつ。

日本の場合は誰もが指摘するように、経済的困窮の為に結婚しないらしい。そして、出産も控えている。

それは、日本人の本性だろうか。昔に貧乏家庭も5人出産が当たり前にあった。

 

それは、狭い団地(団地政策は政府主導で行われた経緯がある。そして、家屋に住むようになり、独身はワンルームで家庭は4部屋での生活になる)この1970年代からの政府の当時に心配されていた、人口爆発の予測から来る出産抑制政策が今に響いている。

貧乏では生活できないといった、生活意識も物理的な部屋のその狭さから構築された。4部屋では、親と子供が住むという事で2人以上の子供を持つことは恐らく無理になる。

その上で経済は個人化し高度化を迎えて今に至る

 

そして、生活の娯楽化はそれらを活発にしてもいる、娯楽の多様化によって、同じ部屋の中でTVを一緒に見る事がなくなった核家族化になる。それに慣れたZ世代以降は、一緒に、動きまわり、泣き声を上げ、部屋をたえず汚しているという子供と暮らすという生活スタイルを望まなくなっているし、というか出来ない。

 

 

子供は将来の労働力になる。

経済の活性化を生むが。反対に、それの結婚や意図しない形で性を抑圧された男性はインセルと化して男性はテロに走る。最近になり、そういう、推しに貢ぎ、風俗などどにお金を大量に貢いで人生を台無しにした男性からの復讐がある。(表面上はその男性たちを女性は小馬鹿にして、上手くあしらわない女性が特に標的にされるようだ)



個人のできる事という。


女性を守ってしまえば、男性にとって女性優位を起こす。のが結果になった。

男性性が必要とされなくなり、女性が学歴を持って男性に対抗すれば、女性の上昇婚は長引く。

そして、男性は中流の見た目や年齢の女性でも満足するようにできている。

この差は本能から来る。


今では男性に女性は媚びを売って守って貰うという事は必要の無い社会になっている、男女参画社会も行き渡り、若い男女は同じ給料を働いている分のみ貰っている。

 

その光景を見るに、男性以上に政府は女性を守り法整備を行っていて、女性センターはあるが男性センターは無い。

そして、性法で無形資産である女性の身体そのものがより守られる事になる。

男性以上の人権以上に女性の人権は職業上も女性枠でも守られている。

 

 

これがわたしの結論になる。男性より社会からも法からも守られているんだから、率先して守る必要は無いんじゃね。そして、放っておいた方がいい。
女性にはパワハラもセクハラも受けていたとしても守らない方がいいんじゃね、といった気持ちがある。

彼女たちは既に強者でもある。

女性自身にはそれ程の自分を守るといった解決能力は元々に無かったが、制度が守る風に日本では追いついた。

 

そして、女性参画の内の工事現場や理系分野、政治に参加しないというが、女性自身がそこで働きたがっていないので、今の制度ではそこで暮らして下さいという事はできない。

解決能力や政治実力の無い人間であり(自分はそのような実力を持つ、女性は今まで生きてきた中には存在しなかった)その上、出産能力のある人間の態度がでかくなり、権限や権利の主張を続ける社会がどうなるか。 

 見事に少子化はどこにである先進国の悩みになった。

時間的に自分たちを育てて下さいというかもしれないが、それよりも子供を産んでくれるが政治的にも経済上も急務になる。


今は女性は自分がどう優遇されるのか?

ただ飯を食えるのか、を口を開けて待っている状態になる。

女性を鍛え直そうにも、極論に走るが、国家は男性徴兵は無いので女性徴兵制度も日本には今後も無い。という事は女性は今後にも甘やかされ続ける事になる。

 



男性、女性の権利はゼロサムゲームで。(どちらかが、1点でも取られれば敗北する)
男性が権利を持つと、女性の権利が落ちるといった。権利がバランス良く行使されるといった、分担の社会で無くなってきてる。そして、今は男性の権利は実力が年収が500万を越えなければ女性に対して家事の分担を願いできない社会になっている。

 


制度があろうとなかろうと、男性は中流の女性で満足し。

女性は権利、無形資産の身体を法で守られることにより、社会は制度上で女性を束縛ではなく、自由にすることで男性へ女性は上方婚しかしなくなったし。

これが究極の決定打に男女が結婚や恋愛をしなくなった。

 

男性は中流の見た目の女性にも満足するようで。この差は本能的な物で、女性と付き合う為には弱者男性にとって。女性の権限、権利などが低下しなければ性欲という、女性のとっては薄い本能とかが満たせなくなっている。男女の性欲求自体が男性は攻撃性を伴い、女性は守られることで欲求が満足するという違いはある。


弱者男性にとって敵
それは、強者男性である。

彼らの一部は弱者男性に優く接してきて同情的な態度で弱者男性に関わり懐柔した上で弱者女性にも普通の女性も奪っていく。


それと。世の中へ男性に女性問わず。女性優遇を求める人たちも弱者男性にとっては敵になる。
男性も弱者男性も権利自体が女性の権利が優遇され上がるほどないがしろにされるという法的、社会制度的な体質がある。

役割の調整や権利においてのパワーバランスの調整が上手く行かない社会を迎えた。

もはや、男性は外で働いて、女性には子育てを任せるという役割分担のは縮小している。


最後に、個人でできる弱者男性の対応になるが。ある意味で劇薬にもなる。

わたしは魔女は実在してると考えている。


それは薄くも強くも子供をいらないといった意識になったときに少子化といった人手や経済マーケットを縮小させる存在と化し魔女となる。核戦争はほぼ起きないと言える中では人間関係や小さな殴り合いがこの世の中を支配する。


そして、勃起し欲を果たそうとする男性の権利より個人女性の権利を大事にしましょうといった人には注意した方がいい。


 それの女性に孕む様に強いる雰囲気や制度が出来る時代の世の中という逆回転するといった歴史はくるだろうか?

それがそろい歴史が代わるには、いくつかの条件がいる。アメリカの動向とヨーロッパも同様に日本も弱者男性がそれの白人の弱者男性に習って集団で狂気化したといった条件の時代だろう。

白人の男性と日本人の男性とのタッグ 


別に黄色人種に人口で少子化に悩んでるのは韓国のみではない。全世界が変われば、ここに時代の激動をある意味で感じる。

魔女狩りが再び起きる時代がやってくるのだろうか。それはひとけの無い。

わたしのブログですら、別に人類学者でもなく、学者でも無い。この小さな自分ですら行き着いた発想だ。いずれ、これが歴史としての正論なら行き着く果てにもなる。


その上で今、一億の半分が弱者男性化してる。

劇薬、弱者男性というのが世界的な潮流になっている。ここから抜けだす一歩の初めは第一に女性差別を追求する事にある。
 

理由、これが、女性や弱者女性よりも上の立場には思想上なれ強者男性と対等に立てる第一歩になる、これはだいぶんr15くらいの過激な主張になるし、表立って言わない方がいいし。しかし、これを持つだけでだいぶ成長キーになる。


今いる女性と強者男性に普通の男性も反論するだろうが。最も安直でだれでも思考上で実践できるし、そしてお金もまずかからない。


男性同士のコミュティですら女性蔑視発言は控える風潮はあるが、それに対し孤独であったとしても、その信念を持ち戦う者に勝てる奴はいない。

ビジネスで勝ち上がるというよりも、まずは、はずれでも信念を持つこと。


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