1年ぶりにブログを再開します。

 

2011年の東日本大震災の大津波で自宅を被災。

ある日を境に家に帰れなくなるというのは、本当に困ったことでした。

数日後に水が引いて家に行ってみると、無惨にも破壊されており、

脱力してしまい、笑うよりほかありませんでした。

自然の圧倒的な力によるもので誰かに怒りをぶつけようもありません。

「仕方がない」のひと言。

言うなれば、強制的な断捨離が実行されたのです。

それ以来、損をすることや失うことに頓着しなくなりました。

 

最近は、コスパやらタイパと無駄を嫌う若者の多いこと。

失敗することを極端に恐れる人もいます。

いずれ死んでいなくなるんだから、

たまには損をしたり、何かを失ってみてもいいのでは。

失ってみて身につくこと、結構あるんですよ。

ゴールデンウィークに久しぶりに宮城に帰省した。

そこで母からある話を聞かされ、がっかりとした気分にさせられた。

 

昨年であったか、母は自転車を新調した。

それまでの10年間、「練馬の母」こと練馬のナカヤマさんというボランティアが『パジェロミニ』に積み込んで運んでくれた支援物資の中古の自転車をありがたく使わせてもらっていた(津波で被災した我が家は自転車も流されていた)。しかしそれもとうとうダメになってしまい、町内のバイク屋兼自転車屋で新しく自転車を買ったのだ。

 

その自転車屋さんは私が中学に入学する時に通学用の自転車を買って以来付き合いのあるお店。母が乗った歴代のママチャリも買ったし、妹のスクーターも買った。

 

さて、2011年の東日本大震災で宮城県亘理町は県外からの災害ボランティアを多く受け入れていた。ボランティアたちは中央公民館の裏にある公園にテントを張り、長期で滞在していた。

 

その中に長野県からやって来たタカハラというボランティアがいた。シルバーのトヨタ『ファンカーゴ』に野営道具一式とホンダの3輪スクーター『ジャイロ』を積んで被災地亘理町に乗り込んできた。彼は小回りの利くスークターでボランティアのテント村と被災したお宅を行き来して泥かきや瓦礫撤去のボランティアをしたり、スーパーに食料品の買い出しに行っていた。

 

災害ボランティアが始まったばかりの頃、私はタカハラと親しくなり、時々彼の3輪スクーターを借りてボランティア先に出かけていた。車が津波に流されて、私には足がなかったからだ。

 

ある時、私は『ジャイロ』のペダルを縁石にぶつけてしまい壊してしまった。すぐに件のバイク屋さんに持ち込み修理をしてもらった。タカハラに『ジャイロ』を返し、それ以降は借りることもなくなった。そしてタカハラとの仲も険悪になり、付き合いもなくなったのだった。

 

帰省した実家で母が私に語ったのは、タカハラの『ジャイロ』がバイク屋さんにずっと置きっぱなしにされて困っているという話。新しい自転車を買った時にお店のご主人が母に話したのだ。私は思わず絶句してしまった。震災から10年以上もの間タカハラが、どういう経緯かは知らないが、自分のスクーターをバイク屋さんに預けたままトンズラしたのだ。おそらく彼の『ジャイロ』は今も亘理のバイク屋さんにあるようだ。お店のご主人が優しい気のいい人だからずっと預かってくれているのだろうが……。

おいタカハラ、このブログを読んだら、自分の『ジャイロ』をちゃんと処分しろよ!

 

そのタカハラだが、震災の年にも亘理町の社会福祉協議会とも問題を起こしていた。

災害ボランティアのテント村がすでに閉鎖されたにもかかわらず彼は居座り続けたのだ。

 

 

こんな輩だから『ジャイロ』の件も妙に腑に落ちた。

余談になるが、3人の子供のいる町内の人妻にもタカハラは手を出していた。

 

 

現在、能登に災害ボランティアたちが活動しているでしょうが、中には不埒な輩もいます。被災地に駆けつけてくれる災害ボランティアが全員良い人に見えるでしょうが、善良なボランティアばかりではありません。くれぐれもお気をつけください。

能登半島地震から3ヶ月。

夕方のニュース番組で被災した老舗酒蔵が酒造りを再開したというのをやっていて、「またか……」と嫌な気分になった。

 

テレビは、このような場面にはこのBGMがかかるように、激甚災害が起きてしばらくすると被災地の老舗酒蔵を取り上げる。酒蔵でなければ、地元の名物を製造販売する食品メーカーにスポットライトが当たる。東日本大震災であれば、宮城の笹かまぼこ屋だった。

 

テレビは定型文をコピペするかのように、被災した老舗酒蔵を困難に負けない不屈の象徴として放送する。地場産業や伝統産業ではない仕事に就いていて被災された人たちだってたくさんいるのに、そういう人たちのことは報道しない。きっとそれほど前向きで感動的なストーリーにはならないからだろう。そして被災地の経済は酒蔵だけで成り立っていたわけではないでしょう、と私は言いたくなる。

 

テレビやメディアは画になりそうな、「イイ話」になりそうな素材を手っ取り早く取り上げては流す。メディアは本当に真実を伝えているのだろうか。再起に向けて動き出す酒蔵の陰には取り上げられることのない人たちがいて、語られていないことがあることは忘れてならない。