私らが原爆落とされた時は
放射線量なんてだーれも計ってくれんかったよ
ほじゃけど、何処にも逃げも隠れもできんから
そのまま暮らして
米でも野菜でも植えて一生懸命食べよったよ。
ほいでも、私ら今こんな年寄りになるまで生きて
元気に笑って暮らしとるじゃない。
福島も大丈夫よ。いつか戻れるよ。
広島に生まれ育ち、原爆を体験した女性達の会話。
1人がこう話すとみんな「そうよね、必死で食べて必死で生きたよね」と。
なんか、力強くて、すごく感動しました。
東日本大震災、福島原発事故以降
広島に越してきてから仲良くしていただいているご婦人方が
今までは全然話してくれなかった昔の事を
ポツリポツリと語ってくださいます。
今、未曾有の大災害に苦しむ被災地に思いを馳せつつ
いるいろと、思い出されるのでしょう。
被爆地広島は、絶望、飢え、怒り、哀しみを乗り越えて
今では緑がたくさんの美しい街です。
時間はかかるかもしれないけど
福島も、いつかきっと普通の暮らしができるように戻れるはず。
ここにいると、そう信じられるような気がします。
相変わらず無邪気なメルちゃん
ずうっとこの平和なお顔をみていられますように
