(154) 「妖伝!からくり師 蘭剣」 菊池秀行 | Beatha's Bibliothek

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※本の紹介には連番がついています。

今回は、菊池秀行さんの「妖伝!からくり師 蘭剣」

でございます。
妖伝!からくり師蘭剣 (光文社文庫)/菊地 秀行
¥530
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前回読んだ菊池さんの作品が自分的に???だったので、

違うのを読んでみましたよ。

いや、主人公妖し過ぎますね。それがまた、いいんですけど。

こういう主人公、個人的に好きですね。得体が知れない感じで。

この作品、文庫で3冊ほど出ているようなのですが、自分、

気付かずに3冊目から読んでしまいました

でも、全然問題なかったですが。今回ご紹介するのは、

1冊目ですよ、ちゃんと。読みましたからね

主人公・蘭剣は、傀儡師(くぐつし)なんですね。いわゆる、人形使い。

この人形の使い方が独特で、ついつい世界観に引き込まれて、

あっと言う間に読んじゃいました。今、2冊目の途中ですね。

1冊目、2冊目は短編、3冊目は長編です。



雨が降っている、と商人らしい初老の男が言いました。昨夜からさ、

と流れ者らしい若者が言いました。どちらにしても大分経っている、

と、若い娘を連れた中年男がまとめました。真昼を少し過ぎた頃、

6畳間が2つ、仕切りの唐紙を外して、12枚の擦り切れた畳の上に

6人の男女が転がっていました。宿の主人にしてみれば、ここ数日、

彼ら以外の旅人も寄り付かず、せめてものサービスだったのかも

知れません。その甲斐あってか、朝食を済ませてから、みな、もう

1泊の滞在をやって来た女中に告げました。それからずっと、部屋に

いるのです。初老の男は脛を揉みほぐし、若者は布団と布団の間に

頭をねじ込ませて横たわり、中年男は煙管をくゆらせながら、静かな

眼差しをうつむいて座っている娘に向けていました。誰も、窓の方を

見ようとはしません。このまま雨が降り続ければ、永劫に姿勢を

解かずにいそうな旅人達。「お武家さま」 声がふいに生まれました。

客たちの眼は、声の主と、呼ばれた人物との間を浮遊しました。

壁にもたれている浪人風の武士と窓辺に腰を下ろした細長い影。

彼らと同じ日の、ほぼ同じ時刻に宿を訪れ、同じ部屋で同じだけ

眠った2人だと気付くまでに少し時間がかかりました。浪人は、

薄目を開きました。「お退屈でございましょう」と、また声は言いました。

奇妙な声でした。高くもなく、低くもなく、野性味も品位も遠い、

迸る若さも重厚な渋さもありません。純粋な音が言葉に変わったと

いうのが、近いかも知れません。「みなさんもいい加減、こんな

牢の中みたいな境遇にはうんざりなすったでしょう」 男は、全員の

胸の裡を代弁し、「いかがです。同じ宿に閉じ込められるのも何かの

縁だ。ひとつ、力を合わせて、眠気破りの術を試してみませんか?」

即座に応じたのは、初老の商人風の男でした。「眠気破りの術?

そのなもんが、この田舎で見られるなら、いくらでも協力しますよ。

で、何をしたらよろしんで?」「説明してくんなよ、兄さん」 中年男が

煙管の先を突き出しながら、黄色い歯を見せました。男は、少し

考えて言いました。「ここにいる人達みんなのお力添えがなくっちゃ、

この趣向、面白くなりません。なに、大したお手間は取らせません。

ちいと、筆を滑らせてもらやあいいんで」「筆ぇ?」不貞腐れていた

若者が、こちらを向き直って目を剝きました。男は、壁に背をつけて

置かれた朱塗りの箱を見ました。男が手を触れると、上端3分の1

程の所に、一筋の亀裂が糸のように横へ入り、男は軽々とそれを

持ち上げて、函の横へ置きました。商人が立ちあがって覗き込もうと

した時、奇妙な品を引きずり出したのです。それは、どうみても人形

でした。身長は1m60cmを下らず、伸びる五指は不気味なほど

人間に似て、そのくせ、顔は目も鼻も口も刻み込まれていない

のっぺらぼうでした。男は、着物の懐から筆入れを取り出し、

「なに、簡単な事で。この人形にひとりずつ、顔を描いてもらえば

いいんで」と、言いました。「顔?誰の顔だい?」 畳から跳ね起きた

若者が訊きました。「おやりになりますかい?申し遅れましたが、

あっしは旅周りのからくり師・蘭剣てもので。みなさん方、もしも

ご興味がおありなら、あっしが呼び易いよう、お名前を教えて

いただけませんか」 商人風の男が、両手を打ち鳴らしました。

「面白そうだねぇ、あたしゃ乗ったよ。両国の証人・膳七と申します」

蘭剣は、次に若者を見ましたが、敵意に満ちた視線が返った

だけでした。中年男は、煙管の煙を吐いて、言いました。「せっかくの

お誘いだが、遠慮させてもらいますよ。退屈な時間てえのも、

またいいもんでしてね」「娘さんはどうします?」「この子は結構」

「でも、ご覧なさい。全身でやりてえとおっしゃってるじゃ

ありませんか。いくら売られてくにしたって、人形の顔に目鼻

つけるくらいの自由は認められませんか?」「おめえさん、

あっしが女衒だと?この娘にゃ、それなりの身なりをさせてきた。

それでもお見通しかい?」 男は短く、「へえ」と答え、続けました。

「あっしの手柄じゃねえんで。こいつが教えてくれたんで」 みんな、

人形を見ました。「こいつは、人間じゃありません。人間様には

見えないものもちゃあんと見て取ります。そうしてから、こいつと

あたしだけに分かる言葉で耳打ちしてくれるんで」 中年男は、

今の言い草が気に入ったと、仲間に入る事を告げました。そして、

蘭剣は、「お武家さま?」と、最後の1人を呼びました。「その人形、

人には分からぬ事を、お前に話すと言ったな。ならば、わしの名も

答えられるか?なぜ、ここにいるかも?」「へえ」と、蘭剣は答えます。

「おまえが知るのではなく、その人形が見破るのだな?その人形さえ

しゃべらなければ、おまえには何も分からぬのだな?」 全ての問いに

蘭剣が、「へえ」と答えると、浪人は「よかろう」と答えました。

話していると、女中がやって来て、お役人のお調べがあります、

と告げました。「何かあったのかい?」 若者が突き刺すような、

声をあげました。「隣りの宿場で、旅人さんが刺されたそうで。

下手人の詮議に。4日ほど前ですか。刺した奴がこっちへ逃げた

のが、やっと今日わかったそうで」 女中は答えました。すぐに

済むのかと膳七が訊ねると、女中は首を横に振りました。この

宿場の役人は、街道でも指折りの厳格さで知られているとの

事でした。「お若いの。あんた、お困りじゃないのかね?」と、

女衒の藤吉。「なんでえ、その言い草は?俺が下手人だとでも

言いてえのか?」「おまえさん、この中で顔が一番青いようだぜ」

「そうだってよ、両国のおやじさん」 若者がそっぽを向いてそう

言うと、膳七の顔が当惑に歪みました。「何を言う。蘭剣さんだって

真っ青じゃないか」と、指をさしました。からくり師は、「仰せの通り」と

蝋細工のような顔を上下させて笑いました。そして、女中の方を向き、

「そのお取調べはじきかい?」と尋ねました。女中がもう少しかかると

告げると、藤吉が蘭剣を見つめて言いました。「そんなら、丁度いい。

もう少し、遊びの内容を説明してもらおうじゃねえか。描くって、誰の

顔を描けばいいんだね。そうすると、何かが起こるんだな?」「おかしな

事に巻き込まれるのはご免だよ。みんな、無事に家まで帰りたいんだ」

と、膳七が念を押しました。「簡単なこってすよ。まず、眼の玉、眉毛、

鼻、唇・・・・じっくり心を込めて描いて下さい。そうすると・・・・」

「そうすると?」 膳七が、訊きました。「人形が、その人に化けます」

蘭剣は、静かに言いました。



いつものように、冒頭の部分をご紹介しました。

さて、人形はどんな風に化けるんでしょう?

それぞれ、誰の顔を描くのでしょう?

そして、何が起きるんでしょう?

ご興味のある方は、読んでみて下さいね。