(90) 嗤う伊右衛門 | Beatha's Bibliothek

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メディカルハーブやアロマの事、       

様々な本の紹介など色んな事書いてます。
                         
※本の紹介には連番がついています。

今回は、京極夏彦さんの「嗤う伊右衛門」です。


京極夏彦さんの作品は、この季節にに読むのが


いいかも知れませんね。



伊右衛門は、蚊帳越しの景色がすきではありません。蚊帳越しの


世間は霞んでいて、不快感を覚えます。かといって、はっきりと


見えるのを、好むわけでもありません。逆に、世間から見れば、


蚊帳の中にいる自分こそが、霞んでいるはずです。その見え


方は、真実の自分の姿に善く似合っていて、似合いすぎて


いる為に、余計に厭なのでした。今宵も伊右衛門は、ひどく


不機嫌を装って、儀式のように、蚊帳を吊りました。そして、


夜具の中に腰を下ろしました。座ったのはいいのですが、


横になるわけでもなく、足を伸ばすわけでもなく、固まった


ままです。寝る気も失せて、伊右衛門は、蚊帳越しに


霞んだ外を眺めます。夜は、奈落の底のように暗く、墨を


流したような黒です。蚊帳を外してしまえば、自分も


その闇に呑まれてしまうに違いないと思いました。闇の


彼方が、僅かに震え、戸板を叩く音がしました。「伊右衛門の


旦那さん、直助です」「開いておるぞ。戸締りはせぬ」、戸の


開く気配がして、直助が入って来ました。畳をする音をさせて、


蚊帳の前で止まりました。何の縁かは忘れましたが、人嫌い


の伊右衛門と言葉を交わす、数少ない知り合いの一人です。


「誰が見張ってるわけじゃなし、膝くらい崩したらどうなんです」、


直助が言いました。この方が善いのだと、伊右衛門は言います。


「そうして、布団の上に陣取って、四方八方藪睨み、まるで、


これから御腹でも御召しになろうかてェ面体だ」と、直助が


言うと、「蚊帳が好かぬのだから詮方ない」言いました。


「なら、律儀に毎晩吊るこたぁないでしょう」伊右衛門は、


吊らなければ、蚊が食ってしまうと答えました。


「それより直助、このような刻限にいったい何用なのだ」


「旦那ぁ、人ってェのは・・・・、人ってェものは、刺しゃあ


くたばるもんですかい。ずぶりとやりゃあ死にますかい」、


汗ばんでいた伊右衛門は、思わず襟を正しました。


「傷の深い浅いにもよろう」「ただ刺せばいいというものでは


なかろう。人体には急所というものがある」「その、急所ってェ


のが知りてェ」、直助は明後日の方向に顔を向けたまま、


言いました。「心の臓ですかえ。それとも脇腹ですかえ。


頸筋ですかえ。教えておくんなせェ」「何だ。おかしな奴よ。


そう簡単なものではあるまい。いずれ急所に当たった


ところで、人というのは生き意地汚いものだ。容易く屠る


ことはできまい」、そう伊右衛門が言うと、左様ですかい、


といって直助は、一層顔を背けました。伊右衛門は、


直助を呼んだが、直助は振り向きませんでした。


伊右衛門は、春先の事を思い出しました。



冒頭の部分を、ご紹介しました。


直助は、なぜあんな事を知りたがったのでしょう?


さて、これからどうなるのでしょう?


ご興味のある方は、読んでみて下さいね。


次回は、再びバイロンで「海賊」を、ご案内します。




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