
愛知県南知多町の
「大宝寺」
大宝寺御朱印
大宝寺御朱印
今回いただいたものはすぐにお渡しできる御朱印です。
月替わりや定番はお預けし後日受け取りか郵送になります。
江戸時代の創建当初より駆け込み寺として知られており、また東海地方では数少ない縁切り寺ともなっています。
春には境内のもくれんが境内を美しく彩り、「もくれん寺」とも呼ばれています。
師崎にご上座された弘法大師が、知多の地を布教伝導と修行をされながらまわられた際、岩屋の地から小野村、久村を過ぎ、峰づたいに名切村へ向かう途中湧き出る山清水の美味しさにしばらく休憩され、書を書く為に水を持ち帰った事から、硯石大師霊場として知られる様になりました。
硯石大師霊場として古来より多くの信仰を集めていた霊泉のあるこの地に、文化六年(1809)半田市小栗万蔵次女、好堅尼によって開かれたのが大宝寺です。
古来より霊泉の聖水は眼病に効くと伝わっており、昭和の時代までは目薬として点眼されておりました。
明治時代には中興の祖と言われた四代目住職、大円準法尼和尚によって大いに賑わい毎月の大師忌や、燈明講、子安地蔵講、念仏講等、多くの信者が来寺されておりました。
文化六年に知多新四国八十八箇所霊場が開創されてから菅生山名切弘法として認知されていましたが、昭和十六年(1941)の宗教団体法の実施の際、正式に菅生山 大宝寺となりました。
もくれん観音
もくれん寺として多くの参詣者が集う大宝寺。そんな木蓮に願いを込めて雲輪瑞法庵主が建立されたのが、もくれん観音です。
六地蔵
位置情報
愛知県知多郡南知多町内海大名切36