2007年2月
高校時代、同じクラスだった9番川村真央と7番奥堂剛士、そして職場の先輩KOJIの飲みの席での思い付きから始まったフットサル活動。
陸上部だったキャプテンとホッケー部だった副キャプテンが決めた入部条件は、サッカー経験者でなくてもセンスがある人。そしてなにより性格を重視。
最初に声をかけたのは6番佐々木康人と初期メンバーのISSA。
知人のつてにて1番佐藤貴一と8番渡辺裕輔入部。
6番の親友の11番楢原誠が入部。
13番熊谷大輔の入部には初めてキャプテンと副キャプテンの意見が割れました。
そして3番川又心也、12番田中一実の入部にて現在のGADJETの完成。
俗にいうメンバーの入れ替えはほとんどなくやってきた5年と10ヶ月。
“感謝”の一言です。
独裁国家=GADJETといえるほど、わがままで自信家なキャプテン。
なにより頭がおかしいのは、そんなキャプテンは素人同然でトラップも出来ず…
言いたいこともたくさんあったでしょうし、不満もいっぱいあったでしょう。
痛みに耐えよく頑張った!!笑
たくさんの試合を重ね、質実ともに成長したGADJET。
2012年3月の東日本大震災にて成熟期での大会制覇を逃しましたが、それでも俺はこのチーム以上に最高のチームはないと思っています。
サッカーが上手いことを良しとせず、楽しいことを最善とせず、勝つことをなによりの第一条件としたチーム。
それなのにも関わらずメンバーがほとんど変わらなかったのは何よりも人格を重視したチームだったからだと思います。
結成当初の公約どおり、上世代のメンバーが全員30歳を迎えたら解散。
1秒前の副キャプテン奥堂剛士の誕生日を持って解散致します。
長年にわたり本当にありがとうみんな。
俺は本当に幸せでした。そして最高に楽しかった!!
このメンバー以外でフットサルをする気にもなれないほど、GADJETが大好きです。
以上が長年にわたり独裁を貫いてきたキャプテンから国民への最後の演説です(笑)
2012年12月25日
フットサルチームキャプテン
川村真央
さぁみんな、次は何をして遊ぼうか???