令和4年9月21日

前日の宿泊地が道の駅たちばなだったので「目指せ鹿児島ルート」から大きくそ逸れることもない。


田原坂

日本最後の内戦・西南戦争最大の激戦地田原坂。旧薩摩藩士を中心とした士族と明治新政府が激しく争った。薩摩軍はここに大きな防衛線を張り新政府軍を迎えうったが多勢に無勢、次第に武器弾薬食糧がつき、撤退を強いられた。

明治10年3月4日。ここ田原坂の死闘は17昼夜に及び多くの戦死者も出た。
その悲惨さを民謡で今に伝えている。

「雨はふるふる じんばは濡れる
 越すに越されぬ 田原坂
 右手に血刀 左手に手綱
 馬上豊かな 美少年
 山に屍 河に血流る
 肥薩の天地 秋淋し」


民謡にある美少年像






田原坂公園内にはその歴史を伝える資料館もある。

【田原坂西南戦争資料館】





入館料 300円