死生観講座に参加してきました。
仕事だったこともあり
当初は参加予定ではありませんでした。
なぜ参加しようと思ったのか?
2週間ほど前に仲間が突然亡くなったから。
病気、事故ではなく
亡くなった本人が自ら選択したことによる
お別れでした。
(もしかしたらその瞬間は、本当は意思がなかったのかもとも思う)
自宅に伺って家族から最期の行動を聞き
その状況を想像すると
なぜこうなってしまったのだろう
もっと連絡を取れば良かった
もっと力になれたはずなのに
なぜ、もっと…
と思うばかりで、一度考え出すと
ぐるぐると止まらなくなりました。
一度インスタに気持ちを少し吐露したものの
家族の方がもっと辛いし苦しいと思い
すぐ削除しました。
でも、仕事をしていても
ふと気づくと泣いていて
どこに気持ちをもっていったらいいのかわからず
苦しくて苦しくて。
今回の講座の趣旨とは違うかもしれない
とも思いましたが、
気持ちの捉え方、心の着地点のようなもの
気づきを得られたら、と思い
参加しました。
お話しをしてくださった
萬田緑平先生は
癌患者さん専門の在宅緩和ケア医をされており
群馬県前橋市にて「緩和ケア萬田診療所」を
開院されています。
https://x.com/ryokuhei?s=21&t=377b02G5TD1o-DrdA96mhA
先生は患者さんとご家族との関わりを
写真や動画を交えてお話し下さいました。
印象的だったのは
亡くなる数日前、前日にも関わらず
どの患者さんもご家族も穏やかな笑顔だったこと。
寂しさはあっても「清々しい」
と仰っていたご家族もいました。
先生や訪問看護師さんのサポートのもと
本人が望む最期を迎えられるよう
言葉を交わして話をして
ちゃんとお別れができたからこその
言葉なんだろうなと思いました。
逆に
亡くなった人の
気持ちを知ることができなかった
最期に話をしていない
お別れをしていない
それが辛さ悲しさ後悔の
根本になるのかもしれません。
また振り返りながら
萬田先生の話の前に
エレナさんが話された
明日死んでも後悔ない人生を生きているか?
時間=命
命の時間を削るに値することに、人生の大切な時間を使えていますか?
その言葉を思い返して
寂しさや悲しさは
まだまだあるけれど
亡くなった彼女と
一緒に過ごしていたとき
声が大きくてムードメーカーで
太陽のように明るかった姿や
かけてもらった言葉
残っている写真や動画
命の時間を使って我が子を愛しんでいたこと
そこにフォーカスして
向き合っていこうと思えました。
(去年一緒に見た皇居外堀の夜桜きれいだったなぁ)
その子が大きくなってから
こんなに愛されてたんだよと
たくさんの写真や動画を
いつか見せてあげたい。
そして、私自身も
胸を張って生き切った!
と言えるような生き方をしようと
思いました。
最後に
萬田緑平先生、エレナさん
死生観講座を開催してくださった主催の皆さま
スタッフの皆さま
ありがとうございました。
4/18から公開になる映画も
観に行こうと思います。





