「本川さんからかい?」

  地元農家の本川さんから新鮮な野菜がほぼ定期的に届くようになってどのくらいたつだろう?

  私はそれらの野菜が届くたびにその喜びよりも先に後ろめたさが立ってしまう。

  「うさぎって手軽に飼えるんだって」

  私の安易なひと言が大きなひと言になった。

  父親は息子の情操教育の一環として会社の同僚から白うさぎをもらってきてくれた。

  「ちゃんと世話するんだよ」

  「うん」

  私は初めて見る犬、猫以外の動物に、大きな歓喜をあげた。

  そして、2、3か月ののちに私はうさぎの世話全般を一切放棄することとなった。

  うさぎはなぜか大きなポリバケツに入れられて我が家にやってきたが、そのプラスチックの容器も裏のほうで雨に打たれるままになった。

  このときの私は毎日何かしらのイベントが起きることを楽しみにしていた。

  どんな小さなことでもよかった。

  そんな中でうさぎが来たことはたいへんなビッグ・イベントだったのだ。

  動物を飼う上で何より大変なのは餌の確保。

  父親は布製の大きな袋をこしらえて、餌取りに奔走した。

  「子供がいるといいんだよ。いっしょに来てくれよ」

  「嫌だよ」

  渋った私を置いて、父親はたった一人で、時には見ず知らずの農家の畑に入り、いわゆる雑草だけを取ってくることもあった。

  当然、不審者扱いされることも少なくなかった。

  本川さんはそんな父親に温かく声をかけてくれた人だった。

  父親が亡くなったとき、親戚以外で最初に知らせたのも本川さんだった。

  「あのお父さんが……」

  真っ黒に日焼けした顔を曇らせ、自分よりも年下の死に、一層の落胆を隠せなかった様子が今でも目に焼きついている。

  「おれがうさぎに飼われてるんだ」

  父親が初めて漏らした言葉も、今となっては私の心に重しとなって残っている。

  本川さんに出会えたこと。

  やっぱり幸せに思っている。

  そして何より父親に思うこと。

  私には今なお口に突いて出る言葉がある。

  あの世で会ったときには真っ先に言うだろう。

  「お父さん、ごめんね」

(了)