ある暑い日のことだった。朝から照りつける日射しが一向に弱まる気配を見せないで路面を加熱していた。

  私はその道路の端を歩いていた。コンクリートの道路のごつごつした表面に自動車のタイヤが柔らかく滑っていき、それが暑苦しさをいっそう際立たせていた。通っていく自動車のボディーは鉄の無機質な様子が上回って比較的涼しそうに見えたが、路面から立つ熱気は空に上り、ちょっとした木陰によって作られる鈍い重みはそれをさあらぬ体で示していた。先ほどからの路面の振動が私にも伝わり、私はぐったり気味の体が震え上がる思いを味わわされた。

  ふと私は少し前を見た。見たところ小学校低学年くらいの少女が私と同じ方向へ歩いている。黄色の地に赤とピンクの線が入っていて、線と線の間に緑や青の星のような点が散りばめられている包装紙にくるまれ、赤いリボンで縛られた小さな箱を持っていた。石鹸の滑らかさをかんだ少女用の白いブラウスに、グレーの縞模様のスカートという出で立ちからして、何かのお呼ばれということは察しがついた。

  私は横を通っていく自動車にはわき目もふらないで少女に気を取られていたが、ある所まで来ると体を少し反らせるようにして視線の先を変えた。その道路に面して建っているある1軒の家が近づいたからだった。その家は玄関が道路側にあり、中には1匹の犬がいる。以前私がそこを通ったときに、頭からしっぽまでが50~60センチはあろうかという犬が突然その玄関から激しい勢いで飛び出してきてほえた。突然だったこともあり、私は恐怖心すら覚えた。そのときのことが私は気になった。

  いよいよ「玄関」との距離が縮まり、私はその間、とうとう少女の背だけを見ながら来てしまった。何かが私にそれ以外の行為をするのを押さえつけているようだった。

  少女が「玄関」の前に来た。私には何とも例えようのない1本の線が目の前を走っていくのが感じられた。

  家の戸ががらっと乱暴に開き、針のようになった毛の固まりが狂気を含んだ声といっしょに出現したのだ。私は大口を開けた。

  「わっ」

  少女が悲鳴に近い声をあげ、白線の内側から車道へぱっと跳ねた。

  「逃げろ!」

  私は叫んだ。ワゴン車が少女を襲った。私は少女めがけて走ったが、ワゴン車のブレーキ音が響くだけで、天命に抗えない状況にあるのは火を見るより明らかだった。

  私は起こったことを認められないで呆然としていたが、認めるよりほかに方法がなかった。

  「だいじょうぶかい!」

  ワゴン車の運転手が飛び出してきて、辺りににわかに人が集まってくる気配にはっと我に返った私はすぐさま119番通報した。

  「救急車!  場所!  ……」

  私は盛んに単語を叫んだ。

  電話を切った私はしばらくの間呼吸しかできなかった。気がつくと、やじ馬の数は増えていた。犬は相変わらず前にも増して盛んにほえていた。
(了)