昔、同じ職場の支店が別々だった方で、少し接触する

機会があって、何回か会った。

年賀状はやり取りしていたので、消息はわかっていた。

 

その後、十年振りぐらいで、大阪で会うことになった。

すると、彼女の姉上が、「私も一度大島さんとやらに

会ってみたいもんだ」と言われて、遠く堺市から、

妹さんに同行して、大阪に来られた。

 

その時、姉上は93歳だと言われて、「私は、背骨を

3回も骨折してるのよ。だから、痛くないような顔を

しているけど、本当は痛いのよ。」と言われた。

楽しいおしゃべりに花が咲いた。

 

お二人は、マンションの隣同士に住んでいた。

妹さんは、毎朝、お隣の姉上のところに行って、湿布

を貼り替えて上げていた。

昨年、転居届が来て、超高級介護施設に移られたこと

を知った。

お電話したら、とても素晴らしいところで、大満足

しているとのことであった。

「姉はお習字を習い始めたのよ」とのことであった。

今度のお部屋も、お向かい同士とのことであった。

 

そして、姉上は99歳で、次の5月1日に百歳に

なられるとのことであった。

 

私は、そのとき、決めた。

その5月1日に着く様に、お祝いのお葉書を送ろうと。

 

そう決心していたのに、いざその日が近くなり、取り

掛かってみると、パソコンの調子が悪く、何とか出来

上がってみると、今度はプリンターが不具合となった。

大汗をかきながら,なんとか完成したが、5月1日に

着くために、前日の今日、西宮の中央郵便局迄

タクシーで行って、速達での発送を依頼して来た。

明日の到着は、ほぼ間違いないとのことであった。

ふ〜!しかし、あんたは、何をしてもノロマやの〜!

 

今日は、疲れ果てて、居酒屋のあかなすさんへGO!

「豆腐と湯葉の揚げ浸し」が、格別に美味しかった。

癒された。

 

この花束は、職場を退職して、コンピューターグラッフィックを

目指した頃の作品です。25年ほど前の作品でしょうか?

そのころ、コンピューターで絵を描くとは、全て漫画だったので、

漫画には興味がなかった私には、師匠は皆無だった。

だれも、こういうものを描く人はいなかった。

毎晩徹夜で、自分で開発するしかなかった。

私の描くものを見て、プロが驚いて、逆に教えてくれと言われた。

 

この花束は、お祝いの場面で使いたいと、思って描いた。

今回それが叶って嬉しい。