*76の小さな遺書* -33ページ目

*76の小さな遺書*

実年齢を言うといつも驚かれる81歳。
男ばかり7人兄弟の末っ子「七郎」(以下76)
2011年、肺がんステージ3 A&間質性肺炎&肺気腫で余命数ヶ月の宣告を受け現在に至る。   このブログは、俺のチープな遺書となるかな?

G☆76-兄ちゃん

g76は、これまで、
世界をぐるぐる。
当日予約して成田へ向かう
なんてこともできちゃう。

言葉わからなくても
現地のひとと、
コミュニケーション

日課は、温泉めぐり、
プロ麻雀、プロパチ、
娘や孫とあちこちでかけてる

「今日も仲良く喧嘩する!」という明言もg76の言葉だ

東京は下町に暮らす
実兄は、ひとり暮らし

電車も乗ったことなければ
映画もコンサートも行ったことない
温泉も行かなければ
友達のところに行く事もない
唯一の楽しみは、やはり競馬らしい。
ギャンブラーなのだ


ふたりは別々に暮らし、
ぜんぜん違う生活をしているにも関わらず
最近、口癖が同じになっている

「○○○ろう!」

わたし的に言うと、この言葉は、
言霊でいえば
最高に疲れる、困った言葉だ
きれいなお水も濁ってしまう

さぁどうだろう
せめて最初のひと文字だけでも
濁点ではなく○をつけて放ってくれないだろうか、、、。

「ぱか」やろう!

なんだか楽しいゲームみたいじゃん。


G☆76-さよさん

玄関をガラガラっと開けて
「おばあちゃーん!」と叫ぶ私に
「あ~いぃ」と答えてくれるさよさん

「愛~」と叫んでくれたんだね

g76が
行動力あるのは
さよさんの血筋だと思う

おばあちゃんは、毎朝、毎晩、親鸞上人のお経をあげていた
信心深いのだ
そうして
商いもしていた
「よろずや」というわくわくする響き
何でも売っている
今で言えば、コンビニエンスストアだ

おばあちゃんの沢山働いたことの証の
太いそして曲がった指を
小学生の私は、かっこいい。凄いって尊敬して眺めたっけ。

おばあちゃんの手を握り
看取ったのは、高校生の私だった
となりの部屋でうろちょろしている父に
泣きながら「おばあちゃん、、、逝かないで、、、」と言っている母に
「だめだよ、おばあちゃんが迷っちゃうよ」
と告げ
「おばあちゃん、元気に逝ってね」と
冷静に死の瞬間を見守った私

生まれてはじめて人間の死を知った
のに
どうしてあんなに落ち着いていたのだろう

きっと前世でお坊さんか何かだったと思う




G☆76-孫蔵さん

g76のパパである。
私は会ったことがない。
いや、正しく言うと、生まれる前の世界で会っているかも
そうして
孫蔵さんが
自分の息子の子供として生きてこいって
私をこの世に送り込んでくれたのかもしれない

きっとそうかも。
だって
この写真のお顔って
とても親しみ感があるのだもの。

私のおじいちゃん。
競馬が好きだったらしい。

出かける時には、表玄関から
勢いよく出かけていき
帰ってくるときには、
裏口からそーっと帰宅してたんだって

笑える。
そんなところもかわいくていいね
my granpa!



G☆76-物件

最短では、引っ越し後2日で退去を決め、
2週間後には引っ越しアゲインでしたね

毎回、何かしらのトラブル発生。
気に入って引っ越しても必ず引っ越さなくてはならなくなる
という怪奇事件?もしくは、天使のはからいか。
いまでははっきり後者とわかります

沢山勉強させてもらいました
そして家の大切さを知りました

いま、こうしてみんなでひとつの家に暮らせることの幸を感じています
感謝。でいっぱい。
前なら当たり前にあった家が、本当にありがとう。

大変でしたけど、この引っ越し劇
いまでは、
笑い話ですね

それにしても見た物件の数たるや、
どこかの不動産やさんより多いんじゃないのぉって
感じです

「不動産」という言葉を聞くと
アレルギー症状がでるようにもなりました

とにかくこのはちゃめちゃ真実のお話は、
別にご報告いたしたいと思っています


g76さまにも、
引っ越し劇に何度かおつきあいいただきまして、
ありがとうございました。

この場を借りてお礼もうしあげます