世の中に、リア充と非リアという2つの対概念がある。
私は、どちらを聞くのも不快だ。
リア充とは、非リアからの妬みが顕在化した言葉で、「物も知らず配慮も足りないようなやつが中身のない行動によって満足に浸る」を表す言葉だし、非リアは「現在は何か結実したものは得ていない。得るための方法も思いつかない。よって、ただ単に緩いルーティンに生きている」という言葉だ。
甘えだ。
そして、誰もが「非リア」を自称し、「リア充」を弾圧する。そして、「リア充」な行動を自分ですることに対して、自己言及することで特殊化し、自らを攻撃の立場に再帰させたがる。
くだらないな。
さっさと身を引こう。その言語世界から。
私は、どちらを聞くのも不快だ。
リア充とは、非リアからの妬みが顕在化した言葉で、「物も知らず配慮も足りないようなやつが中身のない行動によって満足に浸る」を表す言葉だし、非リアは「現在は何か結実したものは得ていない。得るための方法も思いつかない。よって、ただ単に緩いルーティンに生きている」という言葉だ。
甘えだ。
そして、誰もが「非リア」を自称し、「リア充」を弾圧する。そして、「リア充」な行動を自分ですることに対して、自己言及することで特殊化し、自らを攻撃の立場に再帰させたがる。
くだらないな。
さっさと身を引こう。その言語世界から。