思い出すだけでも、心が恐怖心でイッパイになるあの日から1年
テレビは昨日今日とずぅっとあの地震について。
あの日アタシはは都内でフツーに仕事してた。
そしたら突然のおっきくて長時間の揺れ。
耐震?免震?構造のビルの6階にいたアタシは、その揺れだけが怖くて。
東北で何が起こっているのかなんて、まったく想像できなかった。
まず震源地が宮城なのに仕事場がこんなに揺れるなんて信じられなかった。
電車が停まったのももちろん知らなかったし、
知ってからもそのうち動き出すだろうとたかをくくってた。
とんでもなかった。
携帯電話もほとんど使えない
その後も続く余震にみんな船酔いみたいな感覚におちいって、
揺れてないのに揺れてる感覚になってたり。
そして定時後、まだ電車が動いてないとのことで、
同僚の人とビルに入ってるコンビニで軽いごはんを買って
食堂にあるテレビを見てみると
仙台空港に押し寄せる津波。
それで初めて事の重大さに気づく。
その時その瞬間に起きてる出来事だとは思えなかった。
ビルでは、水と乾パンが配られ始めてた。
その時、帰れないかもしれないと考え出した。
夜になり、家の人が車で迎えに来たり歩いて帰り出したりして
仕事場にいる人の数が減り出す。
アタシ都内から山梨まで歩いて帰るなんてムリだし。
でも迎えに来てもらうにも、主要道路はどこも大渋滞で。
携帯電話も通じないし。
帰宅難民。
それでも、親と相方に頼み込み、
どーにかこーにかで結局日を跨いだ午前3時頃家にたどり着けた。
そこからの日々は、毎日テレビで東北の状況を観たり計画停電に悩まされたり。
原発のコトも。
でも家があって、家族が無事で。
東北の被災された方々のことを思うと、ホント心が痛いです。
地震が来ると今でも、鳥肌が立って言い様のない恐怖に襲われるけど、
現地の人はコレの何百万倍も怖い思いをしてる。
アタシにできるコトは、早く、一日でも早く復興して、少しでもツライ思いから解放できることを祈るだけです。
そして、このことが決して風化しませんよぅに。。。














