先日、説明会とグループワークに参加させていただいた 株式会社オーダーチーズから

36か月間熟成させたイタリア産のチーズ、パルミジャーノ・レジャーノをいただきました!


◆参考URL◆

株式会社オーダーチーズHP

http://www.order-cheese.co.jp/

オーダーチーズドットコム

http://www.order-cheese.com/ago/?gclid=CJiJgO3jqKgCFUmDpAodtVtSHQ



せっかくいただいたこのチーズ、ただそのまま食べるだけではおもしろくない・・・! 

いろんな食べ方を試してみたい!


というわけで、今回は、

(母に頼んで調べておいてもらった)おいしい食べ方の中から、いくつか選んで食べてみました!


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封を開けると、さっそく ほわっ といい香りが・・! おいしそう・・!目

アミノ酸の塊だという白いつぶつぶが多くて、なんとも贅沢です。


かじりついてしまいたいところを ぐっ とこらえて、

まずは、こんなふうにセットしてみました!

ダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウンダウン


(写真が左に倒れてしまっています・・・パソコンの調子が悪くて直せず。

見づらくて申し訳ありません)
yuiのブログ-パルミジャーノ・レジャーノ♪


(おいしそうに撮ろう!と思うと、なかなか会心の出来にたどり着けなくて、

撮影だけで意外と時間がかかってしまうものですね。)


チーズは、手づかみで食べやすいようにカットしました。

味付けは、左から、カンボジアのはちみつバルサミコクリーム黒コショウの3種類です。


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さて、いよいよ食べてみます・・!


味付き・味なし・ルッコラ添えの、全部で5種類の食べ方で味わってみました。


①そのまま食べる

香りがいい!

程よい酸味が ぴりっ と効いてておいしい。

噛むたびに、ほくっ とほぐれる食感に、気がつくと夢中になっていました。。


②黒コショウで食べる

お似合いの食べ合わせ! 普通においしい!

もともとの不思議な食感を残したまま、でも香りがプラスされるなと思いました。


③バルサミコクリームと一緒に

これもまた食べ合わせは完璧! 食べやすくておいしかった・・・

バルサミコと合わせることによって、チーズが持ってる酸味が引き立つなぁと感じました。

ぱくぱく食べられる


④はちみつ

今回の一番のチャレンジ。

初めはこの組み合わせに不安を感じていたものの、食べてみると、予想外においしくて驚きました。

酸味が隠れて、口当たりがまろやかになります。

だからといって甘すぎないのが、不思議なところ・・・これは、飽きないです。

また食べたいと思いました!


⑤ルッコラ+バルサミコ&レモン

バルサミコとレモンを混ぜてドレッシングにしてルッコラと和え、うすく削ったチーズをまぶしました。

チーズの甘みが、ドレッシングの酸味をうまくなだめてくれるので、食べやすいと思います。

チーズだけ食べる時に比べて、食感も色々なので楽しい! 

(①から④を試した後だと特にそう感じます)




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こうしていろいろな食べ方をしてみると、

食べ合わせによって、チーズのいいところがさまざまに引き立つものなんだなぁ

とわかり、感心しました!


今日は、とってもいいものを食べさせてもらって、

いま充実した気持ちです・・!

同居している家族にもおすそ分けしたところ、大変好評でした。


みんなで一緒に食べているときにも、こころなしかいつもよりも会話や笑顔が増えていたような気がします。

やはり、おいしいものは、人と人とを結んでくれるのですね!ニコニコ







東京では、今日で桜が満開になりましたね。



・・・と聞くと、みなさんはどんな言葉が思い浮かぶでしょうか。

桜をキーワードにした歌はたくさんありますから、そのメロディーが思い出されるという人もいるでしょうね。


私は、なんといっても「花見」という言葉が一番初めに思い浮かびます!

私が通う大学の近くには、都内でも有数の花見の名所があって

毎年多くの人が、家族や同僚と一緒に訪れているようです。



ところで桜は、別れの季節、そして、はじまりの季節の象徴でもあります。

私にとってはあとのほうのイメージが強いですが、みなさんにとってはどうでしょうか?


今日は新入生の入学式があったようで、

黒いスーツに身を包んだ女の子たちの群れと、サークル勧誘の花みちの人だかりで

つい昨日までほとんど人がいなかった構内も賑わっており、

そうとは知らずに、春のうららかな空気に誘われてふらふらっと大学に寄った私は、少し面喰ってしまいました。


きっとたくさんの不安や期待を胸に抱いているだろう彼らを見ていると、

自分が入学式に参加した日のことを思い出します。



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高校3年生で音楽の道を志したものの挫折し、目標をなくし、大学へ進学する動機さえも見失ってしまった私。

そこから、たくさんの人たちに助けられてやっとの思いで立ち直り、入学を果たした18歳の春。


大学には受かったものの、なんとなく、ぺしゃん…と意気消沈したままだった私でしたが、

いざ、入学式のために大学を前にすると、気持ちが引き締まるのがわかりました。



・・・せっかく大学に入ることができたのだから、ここで学べることはなんでも学んでやろう。


・・・まずは、毎日をとにかく頑張って精一杯過ごしてみよう。


・・・今は音楽以上に好きなものがわからないけど、そうやって過ごしているうちにいつか次の目標が見つかるかもしれない。



4年間ここで努力して行こう・・! と心に誓ったのです。



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そうやっていつしか見つけた目標は、今の私の道しるべとなっています。

また、たとえ挫折しても、前向きに努力を続けていれば乗り越えることができたということも、

今までも、これからも、私を支えてくれるでしょう。



「人ともっとうまく話せるようになりたい」

「何が正しいことで、何が信じるに値しないことなのかを、見分けることができるようになりたい」



こんな目標を胸に分析系の哲学を専攻することを決め、勉強を始めました。

さらに、先生・先輩・同級生・後輩といった尊敬でき刺激をもらえる人たちとの出会いに支えられて、

入学したころには思ってもいなかったぐらい長い間、この大学でやってきました。


いま振り返ってみると、入学式の時に私が思い描いていたようには、ものごとはうまくはいきませんでしたし、

新たな挫折も経験しました。

(上に書いた目標も、今日にいたるまで達成されてはいないと私は感じています。)


それでも、あの日のあの決意は全く無駄ではない胸を張って言うことができるのは、

今できることを一つずつこなしていこう、と思えたからこそ、私は過去と折り合いをつけ前を向いて歩いていくことができたから。


未来というのは、今・今・今・・・・・・、「今」を重ねた先にあるものだ


今この時を決意を持って過ごすことでしか、自分の望む未来を手に入れることはできない


・・・このことを学べたことこそ、私が学生生活で得たもっとも大切なことなのかもしれないと思います。



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あれから5年・・・写真は東京タワーと桜です。

六本木の新卒ハローワークに相談に行った帰りに、

(道を間違えてさまよい歩いた結果)偶然ふもとまでたどり着いたときに撮った写真です。


来年の4月には、新しい場所で・新しい人と一緒に、頑張っていたい。

その目標を達成し、なりたい自分になるために、今頑張っている私を応援しているかのような青空でした。



yuiのブログ

今日は少しマニアックな話になりますが、私の研究テーマについてです。


私は、議論が盛んな校風の高校に通っていた影響で、

自分の意見を持っているだけでなく、それを誰にでもわかりやすい言葉で言うことができ
しかも、頭にすっと入ってくるような順番で(論理的に)ものごとを表現することができる人になりたい、とずっと思ってきました。


その延長で、大学では、分析哲学という流派の哲学を勉強しています。その中でも、
学問の成果や科学的事実を表現するために使う言語は、どのようなものであるべきかを探求する
言語哲学>という分野に興味があります。


言語哲学の目標は、学術的な文章を表現するにふさわしい言語を決めることです。
ただ、決めると言ってもいくつか問題があります。
私たちが普段使っている言葉を、直感のままに使ったのでは、学問を表現するには足りないことがあるんです。


たとえば、こんな問題があります。
同じものを指している言葉を入れ替えただけなのに、文章が正しいか間違っているかが変化してしまう例です。


1.同じものを指す言葉を入れ替えても文章が正しいことが変わらないケース

「夏目漱石は『坊っちゃん』を書いた」
「夏目金之助は『坊っちゃん』を書いた」

これら二つの文章は、どちらも正しいことを言っています。
なぜなら、漱石が『坊っちゃん』を書いたということは事実だし、漱石と金之助は、同じ人だからです。
「夏目漱石」という言葉を「夏目金之助」という言葉は同じ人物を指しているので、
これらの言葉を入れ替えても、文章の言っていることが正しいということは影響されないんです。


2.同じものを指す言葉を入れ替えただけなのに、正しかったはずの文章が間違った文章になってしまうケース

「yuiは、『坊っちゃん』の著者は夏目漱石だと思っている」
「yuiは、『坊っちゃん』の著者は夏目金之助だと思っている」

これら二つの文章が正しいかどうかは、yuiがどんなことを知っているかという事実によって決まります。
もしyuiが、「夏目漱石」と「夏目金之助」が同じ人物を指すんだということを知らなかったら、
上の二つ目の文章は間違っていることになります。


これって、すっごく不思議だと思いませんか??
同じものを指す言葉を入れ替えただけなら、文章が正しいか間違っているかは変化しちゃいけないような気がする一方で、
上の二つの文章は、実際、正しさが変化してしまう。

どうやってこのことを説明すればいいんでしょう?
・・日々、こんなことをもんもんと考えています。

<ついでに・・近年では、こんな風に動画で議論をしあうことも多いみたいです。>