購読するメルマガで知った、チョットいい話のご紹介です。


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        「熊本の名校長・最後の授業」
       
       
        大畑誠也(九州ルーテル学院大学客員教授)

『致知』2011年1月号
            特集「盛衰の原理」より
         http://www.chichi.co.jp/monthly/201101_pickup.html#pick5

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私が考える教育の究極の目的は
「親に感謝、親を大切にする」です。
高校生の多くはいままで自分一人の力で
生きてきたように思っている。
親が苦労して育ててくれたことを知らないんです。

これは天草東高時代から継続して行ったことですが、
このことを教えるのに一番ふさわしい機会として、
私は卒業式の日を選びました。

式の後、三年生と保護者を全員視聴覚室に集めて、
私が最後の授業をするんです。


そのためにはまず形から整えなくちゃいかんということで、
後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、
生徒をその横に正座させる。
そして全員に目を瞑らせてからこう話を切り出します。


「いままで、お父さん、お母さんに
 いろんなことをしてもらったり、
 心配をかけたりしただろう。
 それを思い出してみろ。
 
 交通事故に遭って入院した者もいれば、
 親子喧嘩をしたり、こんな飯は食えんと
 お母さんの弁当に文句を言った者もおる……」
 

そういう話をしているうちに涙を流す者が出てきます。



「おまえたちを高校へ行かせるために、
 ご両親は一所懸命働いて、
 その金ばたくさん使いなさったぞ。
 
 そういうことを考えたことがあったか。
 学校の先生にお世話になりましたと言う前に、
 まず親に感謝しろ」


そして


「心の底から親に迷惑を掛けた、苦労を掛けたと思う者は、
 いま、お父さんお母さんが隣におられるから、
 その手ば握ってみろ」
 
 
と言うわけです。

すると一人、二人と繋いでいって、
最後には全員が手を繋ぐ。
私はそれを確認した上で、こう声を張り上げます。


「その手がねぇ! 十八年間おまえたちを育ててきた手だ。
 分かるか。……親の手をね、これまで握ったことがあったか?
 おまえたちが生まれた頃は、柔らかい手をしておられた。
 
 いま、ゴツゴツとした手をしておられるのは、
 おまえたちを育てるために
 大変な苦労してこられたからたい。それを忘れるな」


その上でさらに


「十八年間振り返って、親に本当にすまんかった、
 心から感謝すると思う者は、いま一度強く手を握れ」
 

と言うと、あちこちから嗚咽が聞こえてくる。

私は


「よし、目を開けろ。分かったや?
 私が教えたかったのはここたい。
 親に感謝、親を大切にする授業、終わり」
 
 
と言って部屋を出ていく。
振り返ると親と子が抱き合って涙を流しているんです。

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以上です。ちょっといい話ですよね。

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6月23日。今日も幸か不幸か平凡に一日が終わりました。
そんな何気ない一日の終わりにたまたま出会った詩を紹介します。


今日6月23日は、『沖縄慰霊の日』。


『沖縄慰霊の日』とは、多くの犠牲者を出した沖縄戦の終結にちなんで、
琉球政府及び沖縄県が定めた記念日のことです。


その記念日にちなんで毎年沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園
で行われる戦没者の追悼式典。


その中で普天間高校3年の名嘉司央里(なか・しおり)さん(17)が自作した
「変えてゆく」と題した平和の詩を朗読しました。


米軍普天間飛行場を抱える宜野湾市に生まれ育った名嘉さんが5月末に
書き上げ、県内の小中高校生の1851点から選ばれた詩だそうです。




    ◇
今日もまたはじまる
いつもの日常
当たり前に食事をして
当たり前に好きなことを学んで
当たり前に安心して眠りにつく
そんな普通の一日
 
今日もまたはじまる
いつもの日常
当たり前に基地があって
当たり前にヘリが飛んでいて
当たり前に爆弾実験が行われている
そんな普通の一日
 
一見「平和」に思えるこの小さな島
そこにいつの間にか当たり前ではない
当たり前であってはならないものが
入り込んでしまっていた
 
普通なら受け入れられない現実を
当たり前に受け入れてしまっていた
 
これで本当にいいのだろうか
 
平凡な幸せを感じながら
ただただ「平和」を望む今
簡単にこの違和感を
無視していいのだろうか
 
黒いたくさんの礎
刻まれるたくさんの名前
そこで思い知る
戦争が残した傷跡の大きさ深さ
何も幸せなど生まれなかった
何も手に入れたものなど無かった
すべて失ったものばかりだった
 
忘れてはならない
この島であった悲しい記憶
目を背けてはならない
悲しい負の遺産
それを負から正に変えてゆく
それがこの遺産を背負い生きてゆく
私たちにできること


変えてゆくのは難しい
しかし一人一人が心から
負である「戦争」を忌み嫌い
正である「平和」を深く愛する
そんな世界になれば
きっと正の連鎖がはじまるはずだ
 
六月二十三日 慰霊の日
あの黒いたくさんの礎には
たくさんの人々が訪れる
そして その一つ一つの名前に触れ
涙を浮かべながら語りかける
 
「今年も会いに来たよ」と
手を合わせ目を瞑(つむ)り祈りを捧(ささ)げる
その訪れた人々に
「平和」を願わないものはいない
 
「一度あった事は二度ある」
そんな言葉を聞いたことがある
しかし こんな悲惨な出来事は
もう繰り返してはならない
だから……
「一度あった事は二度とない」に
変えてゆこう 平和で塗りつぶしていこう
 
その想いはきっと届いているはずだから
    ◇






思うことは


平和なくして幸福なし
争いの上に幸福なし


“平和であることの喜び”を決して蔑ろにしてはいけない

ということを強く感じさせられました。





いつも購読している水野浩志さんのメルマガで知った口蹄疫の殺処分の現状。

凄く生々しく、気分を悪くされる方もいらっしゃるかもしれないので、そこをご承知の上、『口蹄疫の殺処分の現場』を知りたい方は読んでみて下さい。

口蹄疫のニュースの見え方が、また違ったものになるのではないでしょうか。

http://www.twitlonger.com/show/1cgs5m

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