最近、劇団のおおきな発表に対する記録しかかけていません、ずうです。そして今回もそんなお話です。
今日は支離滅裂感がいつになくひどいと感じてますが、何卒ご容赦の程よろしくお願いします。
BADDYに人生狂わされてからちょうど2年ほど。
つまり、一番遠い存在だった月組が、一番身近な組に変わった日から2年。
珠様のかっこよさに気付いてから2年。
就任時期から考えて、そろそろ腹を括らなければいけない時期に差し掛かっていたのはわかっていた。けど、早くに就任したんだからまだ大丈夫だろうと、直視しないようにしていた。本当はそうしちゃいけなかったのに。
そのせいで、今日の発表は天地がひっくり返ったようだった。なんで、急に、こんなに早く、こんなに突然。まだたくさん珠様の男役が見たい。あの体躯から繰り出されるダンスが見たい。真摯で胸を打つ歌声が聴きたい。あと1年なんかじゃとても足りない。観たいものが、聴きたいものがたくさんある。
まだ2年しか観られてない。トップの期間としても3年。あと1年弱、研13での退団は、あまりにも早すぎる。
これからなのに。何でいなくなっちゃうの。これからだよ。好青年から大人の男になっていくんだよ。まだ研13なんだよ。若き王から、若き騎士から、未来ある青年から、深みを増していくのはここからなのに。これからが本番でしょ。なのに何で。
珠様であんな役が見てみたい、こんな役をやって欲しい、なんて、ことあるごとに考えた。珠様なら、そして珠様率いる月組ならどんなお芝居でもしっくりと、そして新しく見せてくれると思ってるから。大人の男という役はまだあまりやっていなかったし、そもそもが若かった。これから渋みを増していく、また新たなステージへ進んでいく時だと思っていた。そんな新しい珠様を楽しみにしていた。確かにまだ1年弱あって、そこでも違う顔を見せてくれるのは知ってる。でも、それじゃ足りない。もっともっと、まだまだ先は長いと思ってたんだ。
就任が早かったのはわかってる。そして私は気づくのが遅すぎた。就任が決まった時、最初はあまりいい感情を持たなかった。月組に疎くって、珠様はどちらかといえば苦手の分類に入っていたから。2番手格だったあの二人のことを思ったから。でも、舞台で初めて観た時、あのBADDYが私の前に現れた時、そんな感情は何処かへ綺麗に消えてしまった。真ん中に立つ珠様があまりにも眩しくて、なのに誰よりも自然体で真ん中にいる感じがして、その姿に「落ちた」
真ん中にいる珠様は、まさに水を得た魚なんだ。実は受身な役が多かったのに、そこにいるだけで主役だとわかるあのどっしり感、安心感、安定感。トップとして何よりも大切なものを持っている。
もちろん、苦労は人より多かったと思う。難しい立場に置かれていたのは間違いないんだから。でもあの広い背中は、それをしっかりと背負って立っていた。だからこそ、組を率いているという実感が強かった。
好きなところをあげたらキリがない。
広い肩幅と身長、そして太腿から感じる男らしさ、そこから来る包容力が宇宙一なところ、素顔は実は中性的なのに、舞台化粧をして男役としての顔になると途端に男らしくなるところ、包容力に加えて元の真面目な性格が演じる役を世界一”いい人”に感じさせるところ、なのに女性慣れしていて”雄”を覗かせる瞬間があること、その証拠に相手役にはSっ気が強くなるところ、それでいて上級生には甘えん坊で愛されているところ、トートなんてやり尽くされている役も一から研究して再構成して、また新たなお芝居を見せてくれるところ、古典的な男役が似合う男前なはずなのに、現代的な感性も強くて、どんな役でもしっくり来ちゃうところ、陽の属性だと思われがちだけど、受け身なお芝居が実は多くて周りに翻弄されがちで、それなのに主人公だと誰よりも感じられるところ、ご挨拶がしっかりしてて、なのに何だかクスッと笑えるところ、男役としては少し声が高いところ、キラキラでもギラっとでも、瞳がいつも光をたたえているところ、他にもたくさん、言葉にできない。
何よりも、リアルに恋してしまうんだ。現実にいるはずはないけど、どこかにいそうだと思ってしまう男役。リアルなお芝居が、自然体な佇まいが、ファンタジーの世界にいるはずなのにどこか現実味があって、でもあくまで舞台上にしか存在しなくって、そんな不思議な感覚を覚えるのがたまらなく好きだった。
男役は、宝塚でしか出会えない、いわば幻のようなものだ。ひとときの夢。本人たちも、ファンも、それはわかっている。その日がいずれ来ることを頭の片隅で覚悟しながら舞台を観ている。
歴史上の、創作上の、舞台上の人物に、男役というフィルターを通して私たちは恋をする。その男役は、宝塚歌劇団以外の世界では生きられない。いくらOG公演があっても、退団後に男役を演じる機会があっても、一度男役の魔法が溶けてしまったら、全く同じに戻ることはない。だから私たちは在団中の姿を必死で目に焼き付けようとするし、その去り際に別れを惜しむのだ。その日が来てしまったら、それはすなわち死と変わらないものがそこにあるから。
そのゴールがいよいよ設定されてしまった。泣いても笑ってもあと1年弱。できれば笑って過ごしたい。でもまだしばらくは無理そう。最後の日に泣き笑いくらいできるようになってたらいいな。
