創作物下書き

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ロボット5

 隠れられる場所はない。引き返そうにも足音はそちらの方角から聞こえてくる。
となれば、選ぶ道は一つ。三人は顔を見合わせて頷き、 何があるかも判らない奥へと走り出した。
気持ち悪いほどに整った部屋が、窓ガラス越しに視界の端を掠めていく。
「な、なぁ……もしかして脅かそうとしている奴なんじゃないか?」
「そんな奴がいたら、こんなに中が綺麗なわけないでしょ」
 フレアの意見はもっともだった。
脅かすつもりなら、ガラスを割ったり壁に落書きなんかをしたりしてもっとおどろおどろしさを演出するだろう。
ところがこの施設に入ってからは、ハヤテが壊した壁以外にそういった痕跡は見られなかった。
寧ろ綺麗に整頓されており、今すぐにでも研究を再開できそうなほどであった。
 きっとこの先、誰も来ないであろう研究所を整理する人物……そんな物好き、いないと考えるのが自然だった。
しかし、この足音がロボットだとしてもそれは不自然である。
そもそもロボットの開発・研究が打ち切られた要因はコストや維持費、莫大なエネルギー消費によるもの。
例え一体だけ残っていたとしても、百年もの間動くことは可能だろうか?
仮に可能だとしても、エネルギーや消耗品は一体どこから供給されるのだろうか?
 ――答えはここにいる誰にもわからない。
「……足音が早くなっている……」
 ハヤテの、狼と同じ形の耳がピクリと動いた。
恐らく足音の主は、自分たちのことに気がつき追いかけてきているのだろう。
もしこのロボットがガードロボのような武装したものであれば……彼らはひとたまりもない。
「部屋のガラス壊して逃げ込む?」
「破片でバレるでしょ……あっ!」
 ついに廊下は終わってしまう、まさに追い込まれる形となってしまった。
足音はハヤテの言うとおり、確かに早くなってきている。
「万事休す……」
 うっすらと向こうからやってくるモノのシルエットが浮かび上がってくる。
その影の大きさや形から、自分たちと同等の大きさであることが伺える。
「ど、どうしよう……」
「どうしようって、どうしようもないわよ……」
 半分諦めている二人とは対照的に、ハヤテは冷静に相手の様子を伺っていた。
「……あれは……安心しろ、相手は武装はしていない」
 ハヤテの言葉に、二人はもう一度迫り来る影へ視点を移した。
闇からスッと現れたのは、女性型のロボットだった。
ハヤテの言葉通り武装はしておらず、銀色の長い髪に同じ色の瞳が特徴的であった。
「……あなた方は?」
 突然ロボットが三人に向かって話しかけてきた。
想定外と言うほどではなかったが、逆に普通すぎる反応に二人は戸惑ってしまった。
そんな二人を尻目に、ハヤテは一歩前へ出てロボットへのコンタクトを試みた。無論警戒は解かずに。
「あんたは、ずっとここにいるのか?」
「はい、但し数ヶ月前まで電源が切られた状態でした」
「じゃあ数ヶ月前に勝手に電源が入ったのか?」
「いいえ、私にそのような機能はついていません。外部から電源を入れてもらいました」
「ならその電源を入れた相手は?」
「それは判りません。起動までに少し時間がかかるので、その間にどこかへ行ってしまったのでしょう」
 ロボットはただ淡々とハヤテの質問に答えた。
やっと落ち着きを取り戻した二人は、その一連のやり取りに少し疑問を感じていた。
――どうやって彼女の電源を入れたのだろう。
彼女の話しによると、電源が切れていた間もここにいたことになる。
そしてその電源が入ったのは数ヶ月前……つまりそのとき誰かがここに侵入したことになる。
 ここの扉は先ほど走り回ってあの入り口一箇所だけであることがわかった。
そこから入るには生体認証かパスワード……そもそも電源が死んでいて作動するかどうかも怪しい。
しかし外壁が壊された様子も無い……なら一体どうやって進入したのだろう。
 それに、百年経った今彼女が動いていることもおかしい。
いくら電源が切れていたといっても、百年も経てば間違いなくバッテリーの残量はゼロになるはずだ。
つまりスイッチを押そうが斜め四十五度から叩こうが、動くはずなど無いのだ。

ロボット4

 無機質な廊下を奥へ進むと、コンピューターがズラリと並んでいる部屋をガラス越しに見つけた。
「ここでプログラムなんかを組んたのかしら」
「さぁな……しかしこの部屋も綺麗に片付いているな……」
 ハヤテがガラスに近づき、更に部屋を覗き込もうとした。
そんなハヤテを見て、レイクがはっとした表情でフレアの肩をたたいた。
「な、なぁ……ガラスって百年経ってもあんなに綺麗なものか……?」
「そういえば……ガラスだけじゃない、廊下も掃除されてるみたいに綺麗だわ……」
 ハヤテは振り返ると、自分と同じ疑問を抱いた二人を見つめた。
「まさか管理している人がいる……?」
「人じゃないかも……」
 レイクが呟くと、フレアは血の気の引いた恐ろしい形相で彼を睨んだ。
「そ、そんな訳ないでしょ……常識的に考えて」
「いや、フレア顔怖いから」
 懐中電灯の仄かな明かりが映し出す彼女の形相は化け物そのもの。
ずっとその顔ならば、幽霊もはだしで逃げ出すかもしれない。
幽霊に足があるか否かは知らないが、レイクはそう思った。
「俺もレイクと同じ意見だ」
 ハヤテがポツリと呟いた。
「なっ……ハヤテまで変なこと言わないでよ!」
 フレアは若干涙目になっていた。
それほどに、彼女は心霊の類を怖がっていたのだ。
「幽霊じゃない、人でないのが管理をしていると言っているんだ」
「だから人でないって言ったら……」
 ハヤテの言葉の意味を汲んだフレアは、口に手を当ててゆっくりあたりを見回した。
自分の声の反響が収まると、建物内は本当に静かだった。
だから、三人はすぐ異音に気がつくことができた。
「足音……?」
「でも、なんか変な音が混ざってる……」
 さらに神経を耳に集中させ、その混ざった音を聞き取ろうとした。
硬く渇いた耳障りな、ちょうど錆びた扉の開閉音を酷くしたような感じ。
そんな音が、足音の前後にギイギイとなっていた。
「まさかロボットが……でも動くわけないし……」
 よくよく聞くと、その足音が少しずつ大きくなっていることに気がついた。
こちらに向かっていると考えるのが妥当だろう。
「と、とにかくどこかに隠れましょう!」
 フレアはあたりを見回して、隠れれるところを探した。
しかし廊下は悲しいほど物がない。


ロボット3

「うわっ…近くで見るよりボロボロだな…。」
レイクは思いもよらぬ現状を目の当たりにし、少し残念そうな声をあげた。
「しかたないでしょ、100年も経つんだから。」
フレアは老朽化の進んだ建物に近づくと、入り口のドアらしきものに手をかけた。
「このドア…結構厳重にロックされてるわね。」
フレアがドアを軽く叩くと、いかにも重たそうな鈍い音が帰ってきた。
殴って破る…事は彼女には難しそうだ。
しかし、それ以外にドアを開ける方法はパスワード入力か生体認証以外無さそうだ。
「どうする、これじゃあ無理そうだけど…。」
フレアは二人に意見を求めた。
レイクはつまらなさそうに下を向き、半分諦めたと言った感じだ。
しかしハヤテは…何やら考えがあるようだ。
「フレア、少し下がれ。」
「? う、うん…。」
ハヤテの言動に不信感…というかこれから起こすであろう行動に少々不安を抱いた。
しかし、これで無理なら諦めるだろう…少し残念だが。
そういう考えもあり、フレアは扉から数歩ほど退いた。
そしてハヤテは…案の定建物を蹴ろうとしていた
しかしそこは扉ではなく何もない壁、そうか、ここならあるいは…。
そしてフレアの予想通り、ハヤテは老朽化した建物の壁をぶち破った。
「…っよし、これで中に入れるだろう。」
ハヤテの足は建物の壁を破り、なんとか人一人は居れるほどの入り口をこさえた。
「…あんたも無茶するわねぇ…。」
「…こいつは本当…常識とかないなぁ。」
「もう誰も居ない建物に常識も何もないだろう、行くぞ。」
ハヤテは屈みながらそれでも窮屈そうに穴を抜け出した。
レイク達はその後を慌てて追って行った。

「…やっぱり100年も放置だとかび臭いと言うか埃臭いと言うか…。」
フレアは鼻を押さえながら、無人の建物の内部を見回した。
「それにしても、真っ暗で全然見えないなぁ…。」
当然だが、電力供給はとっくの昔に止まっており、建物内部は全く明かりがない状態だった。
「懐中電灯ならあるけど…。」
そう言って、フレアは鞄の中から掌に収まるサイズの懐中電灯を取り出した。
スイッチを入れると、弱弱しい光が辺りをぼんやりと映し出した。
「おぉ、思った以上に荒れてない。」
実用性を重視した結果なのだろう、質素すぎる入り口付近には全く何も置かれて居なかった。
あるのは下駄箱だけ、それもカギが掛かっており、開ける事はできなさそうだ。
「ここにはロボット居ないなぁ。」
「…いたとしても電源が切れていて使い物にならないと思うけど…。」
「ま、でも面白そうだしもうちょっと奥行こうぜ。」
聞く耳持たぬレイクは、懐中電灯を持っているフレアを急かし早く進もうとした。

「それにしても、空気以外はまるで掃除でもされてるみたいだな…。」
何年もそこにあるのではなく、毎日掃除されているような…。
いや、100年もここにいて毎日掃除なんて無理だろう…。
ハヤテは自分のばかげた考えを捨て、ゆっくりとレイク達の後に付いて行った。

ロボット2

「レイク、何見てるの?」
遠くの建物を見ているレイクを不審に思い、フレアは声を掛けた。
「ん、ほら…あの建物。」
レイクは遠くにある異様な雰囲気を放つ建物を指さした。
「何あれ…廃墟みたいね…?」
「あれは…恐らくロボット工学研究所の跡地だ。」
ハヤテが横から口を挟んだ、レイクは少し気に食わない様子だがフレアは構わず質問した。
「ロボット工学研究所…?それってもう100年も前に潰れたんじゃ…。」
「あぁ、確かに今は機能していないが…いろいろと事情があり建物だけが残されていると聞いている。」
「…いろいろな理由ってなんだよ。」
話しについていけないのが嫌なのか、それとも二人が楽しそうに話していたのが嫌だったのか。
それは定かではないが、レイクはあげ足をとるかのように質問をした。
「別に話しても構わんがお前に理解できるかどうか…。」
「だー! 何でお前はいつもそう俺に対して…。」
「はいはいそこまで、ハヤテも少しは言い方を考えなさい。」
喧嘩が始まりそうになると、決まってフレアが仲裁にはいる。
それがいつものお決まりのパターンと化していた。
「…で、いろいろな理由って?」
「まぁ、簡潔に言えば取り壊しに掛かる費用を抑えるためだそうだ。」
「ふぅん…国のわがままって訳ね…。」
レイクはそれを聞き、何か考え込んだ。
と言っても、レイクの言うことはこの二人にとってとてつもなく予想しやすいものだ。
恐らく今回も…
「なぁ、あの研究所にちょっと入ってみようぜ。」
やはり、といった感じで二人は溜め息をついた。
「あのね…私たちはそんなことよりも早く次のエア・トレインの駅に着かなきゃ行かないのよ。」
三人はベンズニルを発った後、エア・トレインのエンジントラブルに巻き込まれていた。
エア・トレインのエンジンの修理には、最低でも二日近く掛かると言われている。
更に言うと、修理は大抵その場で行われるため、現在ベンズニルからリーパ方面に向かうエア・トレインは運行休止状態だった。
「良いじゃん、ちょっとくらいさぁ…ロボットとか居るかもしれないし。」
「いる訳無いでしょ、さぁ早く行く…。」
「いや、一体だけ残っていると聞いている。」
「えっ?」
フレアはその言葉に驚き、ハヤテの方を凝視した。
「…本当?」
「記録上だが…一体だけ解体されずそのままらしい。」
「よし、じゃあそのロボットの最後の一体見に行こう!」
フレアは少し考えた。
捨てられた科学に、全く興味が無いわけではない。
しかし今は興味よりも星を救うという使命を全うさせなければならない。
そのためにも…早くマオシエンの駅へ行かなければならない。
フレアの中で、そういう結論が出た。
「あのね、それよりも先にやる事が…。」
「俺も少しは気になるな。」
「へっ?」
ハヤテの意外な一言に、フレアは耳を疑った。
「お、珍しく意見が合うじゃん。」
「そうだな…。」
珍しく味方してくれるハヤテに喜ぶレイクとは反対に、ハヤテの顔は相変わらず無表情だった。
「俺が生まれる前に研究されていたものがどんなものだったのか…そこが気になる。」
「ほら、ハヤテもこう言ってることだしさ、いいじゃんちょっとくらい。」
「もう…仕方ないわね、あんまり長居はしないわよ。」
そう言いつつ、フレアも内心ではこういう結果になった事を喜んでいた。
別に、ロボットが襲ってくるわけでもあるまい。
そう思いながら、ロボット工学研究所に一歩ずつ近づいて行った。


ロボット

動く
ただプログラムされたとおり、寸分の狂いも無く。
それが彼女に与えられた存在意義。
彼女はある時期までそれを完璧にこなしていた。
ところが、ある日彼女はプログラムとは少し違う動きをするようになった。
本当に微少で、素人目では解らないくらいの違い。
原因もほんの僅かな設計ミス。
しかし彼女はその些細な綻びにより、解体を余儀なくされた。
彼女の電源が落とされ、パッタリと死んだように動かなくなる。
メモリだけは彼女の後継機に受け継がせるため、大事に保管した。
そして数日後、彼女は別の物として新たに稼動し始めた。
今度こそ、ただプログラムされたとおりに動くだけの機械人形になった。
誰もがそう確信し、安堵した。
その直後だろうか、政府からロボット工学の援助金が打ち切りになったのは。
事実上、研究中止を意味するこの勧告。
理由は色々ある、莫大なエネルギー消費、恒久的な使用ができず、コストが掛かるボディ。
だが一番の理由は…恐らく最近進みつつある人獣の人工的な培養によるものだろう。
せっかく動くようになった機械人形は、再びその電源を落とされてしまった。
今度は、二度と動く事は無いだろう…。
誰もがそう思い、悲しんだ。

ロボット工学研究所は、その日を境に全ての機能を停止。
同時に、全ての施設、機材の所有権を放棄した。
そう追い込むことが、人獣研究所と国の策略だと言うことは誰も知らなかった。

それから数年の歳月が流れた。
ロボット工学研究所はあの日と全く変わらない出で立ちで佇んでいる。
ただ塗装が剥げたり雑草が生えていたりと、あまり管理されていないようだった。
こんな姿になったのは、国の議会の結果だと言う。

まずロボット工学研究所を潰した理由は、その頃最先端だった人獣研究所を誘致するのが目的だった。
勿論人獣研究所側はそれを承諾し、早速下見に行った。
しかしそこで…思わぬ事態が起きてしまった。
人獣の研究とロボットの研究が、あまりに違いすぎたのだ。
機材も施設も、データの殆ども使いまわすことは出来ない。
だからと言って、機材や施設を取り壊し作り直すのにも金が掛かりすぎた。
人獣研究所は呼べないが、国家予算の一部が減ったのだから損はしていない。
そんな私利私欲にまみれた議論の結果…施設はそのまま放置といった形になった。
そんな事を知らない地元住民の間に、こんな噂が流れた。
「あそこが取り壊されないのは、ロボットが襲いかかるからだ。」
その噂は瞬く間に広がり、メディア等を通じて全国を走った。
最初は取り壊せと抗議したものの暖簾の腕押し。
一応国側も害は無いと説明したものの、誰一人信じなかった。
しかし国民もそのうち諦め、防御策としてそこを立ち入り禁止区域とした。
たまにマスコミや若者が興味から近づくものの、建物に進入しようとするものはいなかった。
それが…今の荒れ果てて廃墟と化したロボット工学研究所を生み出した。
そしてその過去を知るものも…今やほんの一握りとなってしまった。