大将浪漫
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父が亡くなりました

2021/11/15
朝7時頃。
犬の散歩から帰宅途中に父が入所している施設から電話がありました。

父の熱が39℃出ているらしく救急搬送される事になったと。
熱だけで救急搬送…コロナ?と少し頭を過りました。
『直ぐに来れますか?それとも病院に直接向かいますか?』という連絡でした。

犬の世話を終わらせ、直ぐに病院へ向かいました。
幸いな事に病院は自転車で20分程の距離でした。
途中、病院から電話がありました。あまり良い容態ではないと。

高齢者という事もあるので覚悟はしておいてくれと言われました。
病院で施設から付き添ってくださった看護師さんから引き継ぎ、入院手続きを済ませ、担当医になる医師から父の現状と対応、最悪の事態の場合等を聞かされました。

今は多いのかも知れませんが医師の話し方は物凄く丁寧で私を気遣ってくださっているというのが伝わりました。

私が冷静に話を聞く事も出来きたのも先生の話し方があったからなのかもしれません。

数時間後、ストレッチャーに乗せられた父を2m程離れた場所で見る事になりました。

身体は震え、意識はないものの目は開いたまま眼球は左右に眼振している状態でした。

私は頭の中でもう助からないのでは…という事が過りました。
父は発熱もありコロナの疑いもあるのでPCR検査をしなければいけません。
結果が出るまではコロナ病棟に入れられます。
陰性であれば一般病棟に移されるという事を聞いて、私は一旦帰る事になりました。

2~3時間置きに主治医から連絡が入りました。
容態は安定する事なく非常に危険な状態であると。
夕方4時頃にPCR検査の陰性結果の報告を受けました。

真っ先に知らせないといけないのは今朝付き添ってくださった看護師さんだと思い、施設に連絡しました。きっと1番不安だったと思います。

その40分後病院から心肺停止の連絡がきました。
覚悟は出来ていましたが動揺している自分がわかりました。
コロナ禍という事もあり、最期のお別れは1人しか出来ません。
自転車で行く気力もなく車で向かいました。

受付の警備員に話をし、病室を教えてもらいました。
看護師さんに病室へと案内されると医療ドラマでよくあるバイタル測定の機械がキコーンキコーンと鳴ったまま父親はベッドで横たわっていました。

しばらくして担当医が来られ、心肺停止と診断を受け死亡時刻を告げました。

父の最期を看取ったのは私1人でした。また施設には2週間前に妻と2人で面会に行きました。
私が『大将の事わかるか?』と父に訪ねると『大将の事しってんの?』と驚いた顔をして『俺が大将やん!』と言うとさらに驚いた顔をしていたのが印象深いです。

結局、死因は心不全。
でもこうなった原因は不明という事です。

不明て…

ただ、父は免疫性膵炎を患っていましたが施設での2年間血糖値もHbA1c も落ち着いていました。

それが、コロナワクチンを接種した今年の夏の終わりからHbA1cが9になり、そして10を越えるまでなりました。
食生活も変わっていないのにこれだけ急に上がるなんて普通は考えられません。

そして救急搬送された今朝は発熱に加え血糖値が900…肝硬変、右腕の反応がなく脳梗塞の疑いもあり…さらに肺の酸素濃度がかなり低下していたという事でした。

因果関係は証明出来ないでしょうが、これだけ急に悪くなったのは
コロナワクチンを2回接種した事が関係しているとしか思えません。

医師の中には免疫疾患を持つ患者にはコロナワクチンは止めておいた方が良いと言われる方もおられるようです。

かといって施設での生活を余儀なくされる父はほぼ強制接種です。
世の中にはこういった理不尽で悔しい思いをされている方も居ると聞きます。
日本の人口およそ1億2000万人の中のおよそ1万8000人がコロナで亡くなったそうですが…
死亡率全然高くないと思います。
コロナワクチンが『悪』とは思いませんが、コロナが無ければワクチン接種する事もなかったんだろうなと思います。

青切符

つい先日、車に乗っていて一時不停止で切符を切られました。

次回こそはGOLD免許になるぞ!と思っていた矢先の事で、女性警察官に停められました。

普段は通らないような道でした。
路面に書いてある『止まれ』という文字はかすれていて『止まれ』の標識もない所です。

押し問答をしても仕方がない事は重々理解しているものの押し問答をしてしまいました。

当然覆りません。

素直にあきらめて免許証を提示。
私の免許証の住所は裏に引っ越した住所が記載されており、その旨を伝えました。

女性警察官も『引っ越しされてるんですね』とちゃんと確認し、青切符に住所を記載して振り込み用紙と共に渡されました。

帰宅して早速振り込もうと振り込み用紙に住所、氏名を記載しました。
何気に青切符に書き込まれた住所を見ると、前の住所が書かれていました。
違反者の現住所と青切符の住所が違うと、またややこしい事になるのではないかと思い、取り締まっている場所まで再度行きました。

現場ではまた別のドライバーが切符を切られていました。
その様子を見ていると、女性警察官が私に気づき、
『先程の方ですよね?』と、まるで何か文句でもありますか?というような勢いで私に近づいてきました。

私は住所が違う事を伝えました。
『あ、引っ越されたと言うてましたね…』と。

女性警察官は青切符に書かれた住所を訂正しました。
私は
『誰にだってこういった見逃し、ミスというものはあるんですよ。私が一時停止を見逃したようにね!!まあ、この場合反則金は発生しないけどね!』と。

女性警察官は『わざわざすみませんでした』と謝ってました。

何かスッキリした~😂

面会

コロナで施設に入所している父にはまったく会えていませんでした。

今月末に父の介護認定の更新があり
ケアマネさんと施設のスタッフさんと私でのミーティングがあり、施設に行く事になりました。

久々に見る父は元気そうでした。

ケアマネさんが父に「誰かわかる?」と私を指差して聞きました。

父は私の事が分からない時が常ですが、調子の良い時は自分の弟と思い込んでいます。

父は「おと…」と弟と言いかけましたが、しばらく私をじっと見つめてきっちりと私の名前を言ってくれたのです。

父が認知症になるまでは
親という存在が自分の子供の事を忘れる、名前すらわからなくなるなんて事を考えた事もありませんでした。

久しぶりに父に名前を呼ばれる事がこんなに嬉しいものなのかと。
例え一時でも思い出してくれた事がこんなにも嬉しいものなのかと。

もちろん私が帰れば、私が来た事も、私の事もまた忘れてしまうんですが…

父は私に笑顔で「大きなったなあ」と、父の中では私はまだ小学生ぐらいなんだろうなと。
私は「大きなったよ」と笑顔で返しました。
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