2021.10.13-2021.10.19の確定利益は+11,708円です。

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[自分の痛みは尊い]

人は苦しかったことや悲しかったことを見ないように蓋をしたり、苦々しく思い続けたりするけど、こう考えたらどうだろう。

小さい頃お母さんが出て行っちゃったのは
寂しい人の気持ち、寂しい子供の気持ちを知るため

次いつ出ていくか不安で仕方なかったのは
他の人が心から安心できるような居場所を作りたいと思えるため

小さい頃お父さんに理不尽なことで怒鳴られて、
誰のお金で飯食ってんだと言われて言い返せない自分がすごく嫌だった。
だから勉強して、論理的に考えられるようになったのかもしれない。
だから自分の力で開拓してなんとかやっていきたいという気持ちが芽生えたのかもしれない。

自分が悲しくて不安で怖い思いをたくさんしたから、同じように苦しんでいる子供達が心の底から安心できる居場所を作りたいと思ったのかもしれない。

お父さんとお母さんがいつも喧嘩していて怖かったのは
争いからは何も生まれないことを知り平和と調和を目指して生きていくため

お金で騙されたのは
お金で騙される人を少しでも減らすため

生きる意味が分からなくて苦しかったのは
助けてくれる人のありがたみを知って自分も支える側に回っていくため

身体が悪くなったのは、健康に気をつけるようになって同じように苦しんでいるの人の道標になるため

そう考えると全部苦しかったことから成長して学んでいる


全部自分の思い通りになって競争社会で生きていた時(小学校〜大学生)、
楽しかったけどいつも交感神経が優位で、人からもらえる優しさや物質的な豊かさに麻痺していた。
全部勝ち抜いていた時、自分の力でなんでもやってきた錯覚に陥り、他の人を軽んじるような視点を持っていたと思う。

負けず嫌いな性格もあったと思うけど、心の底ではなにかに秀でていなければ愛されないという想いがあったのかな?と今になって思う。


普通のお父さんとお母さんはどんな感じなんだろう?
もっと愛されたかったと思うこともあったけど、今になって両親なりにとても大切にされていたと感じる。

お母さんとお父さんも不器用なりに一生懸命で、自分の時間なんてそっちのけで毎日働いて、いろんな場所に連れて行ってくれて、美味しいものを食べさせてくれて、分からないなりに子育てを一生懸命してくれていたんだと思う。
(だから私は親から子に向けられる愛が子供にしっかり伝わるような教育をずっと探し続けてきた)



私はどこかお父さんとお母さんにしてもらえなかったこと、されて嫌だったことばかりを見て心のどこかで恨んだりしていたのだと思う。

だから今も両親に甘えたりキツくあたったりプチ反抗期のような状態が続いていたのかもしれない。
それが今、それ以上にしてもらっていたことに気づき始めた。



電車で書いていて涙が溢れそうになるのを堪えるのに必死で身体が熱くなる。

悲しくて何度も泣いたことはあるけど、嬉しくて泣くなんて不思議だ。

お父さんお母さんからもらった大切な命を、そして師匠に生き延びさせてもらった人生を、私は人の役に立てるように使っていきます。


年齢とともに真っ暗闇でもがき苦しんでいた場所に光がさすときがある。
暗闇にいたから光のある方へ行くのは怖いけど、そこに留まるか過去を精算して先に進むかは自分が選べる。

当時は人のために生きるなんて偽善だと思っていたけど自分が本当に満たされて、愛の気持ちで自分のコップのお水がいっぱいになってそのコップからお水が溢れ出す時、初めてなんの見返りも求めずに純粋な気持ちから「人のために」、と心から思えるのかもしれない。

その愛の気持ちは人から注いでもらったもの、自分で自分に注いだもの、両方あると思う。

いきなり多くの人のためになるのは難しいから
まず自分を大切にして、ご縁があるまわりの人を大切にして、自分が住んでいる地球を大切にしたい。


助けてくれる人、意地悪な役割をしてくれる人、全てに感謝できるようになったら人生が本当に楽になった!