最貧国ネパール
ネパールへは、バンコクから飛んだ。世界でも最貧国に属し物価が安いという只それだけの理由だけでカトゥマンドゥに旅だった。
カトゥマンドゥは、暑いバンコクに比べ肌寒い気温だった。空港は小さな空港で、入管の職員ものんびりしており、日本の話や世間話をした。荷物が出てくるのも遅い。
空港からタクシーの乗る時、宿の各引きに捕まったが振り切った。
町は、一国の首都とは思えない程小ぢんまりとしていた。宿に入り、同宿の日本人の女性に目的地の場所を尋ね、町を歩いた。れんが造りの家が多く、日本人と思しき若者がかっぽしている。ダルバート広場という寺院が集まっている場所に向かった。
広場には大麻売りがいたが、ネパールでは実質上違法ではないらしい。タバコ売りの少女。タバコはバラ売りだ。皆まとまった金がないのだ。
ミルクティー(チャーイ)売りの手伝いをしている少年。タバコを吸って仕事をしている。これも違法ではない。一杯。日本円で約10円。使っている葉はクズ茶だがおいしかった。だが衛生的ではなく、カップを洗うバケツの水は真っ黒。おまけにタバコの吸殻が浮いている。
近くにはラッシー売り。一緒に写真に収まり金をせびる、いんちきサドゥー(修行僧)。曼荼羅の絵の売店等が軒を連ねていた。
何の変哲も何もない街だったが、失業者が町にあふれていた様に思う。トカゲが出たり夜、宿の近くに蛍が出ていたり。初めて見る蛍は、チカチカした光を発して人工的な光のように思えた。
明くる日、二人連れが宿にやって来た。歌を歌っていくばくかのお金をもらうのだ。宿の裏には畑があり、牛を使い畑を耕す。その時に歌を歌うのだが、心地良い響きで心安らいだ。一日に一回タルカリと言って野菜を売りに来る。
ネパール人の食事は、大体決まっている。貧しく選択の余地がないのだ。ごはん、ピクルス、おかず、豆のスープ、それにおかずを少しづつ変えながら食べる。食堂と言えばモモというチベットの餃子だけ。
違う町に行ってみたり、散歩をしたり、そうこうしている内に1ヶ月が過ぎていた。それくらいの滞在を過ごしたのは今まで3回程ある。私にとっては旅とは日常なのだ
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