1.概要
高アルカリ環境下(飽和水酸化カルシウム)にあるコンクリート中の鉄筋は、表面に不動態被膜が形成されるため、腐食しない性質をもっている。
しかし、コンクリート中に許容濃度以上の塩化物イオンが存在する場合、鉄筋表面の不動態被膜は破壊され、鉄筋の腐食が生じる。これを塩害という。
2.塩害の要因
①沿岸部の海水飛沫や、冬季の凍結防止剤による塩化物イオンの浸透等による飛来塩分による塩害。
②海砂や、塩化物含有混和剤の使用による、内在塩分による塩害。
3.塩害の劣化メカニズム
コンクリート中に限界濃度(1.2kg/m3)以上の塩化物イオンが存在すると、鉄筋の腐食が発生する。鉄筋が腐食すると腐食箇所の体積が2.5倍程度に膨張することから、その膨張圧によって、コンクリートにひび割れが発生する。
そのひび割れを通じて水分、酸素、塩化物イオンなどの劣化因子が容易に供給され、鉄筋腐食が促進され、コンクリートの剥離や剥落、鉄筋の断面減少を生じ、構造物の耐久性、耐荷性能が低下する。
アノード部 Fe→Fe2+ + 2e-
カソード部 H2O + 1/2O2 + 2e- →2OH-
Fe2+2OH- →Fe(OH)2 →Fe(OH)3 → FeOOH(赤さび)
↑OH- ↑H2O
4.材料・配合による対策
①水セメント比を小さくし、密実なコンクリートにすることによって、劣化因子(水、酸素、塩分)の侵入、拡散を抑制する。
②生コンクリートの塩化物イオンの許容値を0.3kg/m3以下にし、内在塩分による塩害を防ぐ。
③高炉セメントB種、シリカヒュームを使用し、緻密なコンクリートにすることによって、塩化物イオンの浸透を遅らせる。
④干満帯では、打ち継ぎ目は鉄筋腐食に対する弱点となるため、最低潮位から下60cmと最高潮位から上60cmとの間の感潮部分には打ち継ぎ目を設けないようにする。
⑤ジャンカや、コールドジョイント等の施工不良は、塩化物イオンの侵入を容易にするため、十分な締固め、適切な打ち重ね時間となるよう留意する。
⑥塩害の影響を適切に把握し、それに応じた適切なかぶりを確保する。あるいは、防食鉄筋を使用する。
⑦養生が不十分で、強度発現が十分でないコンクリートは劣化因子が侵入しやすいため、打ち込み後、最低5日は海水に洗われないようにすること。
【耐久性向上工法】
①表面被覆工法(ライニング)
②防食鉄筋の使用(エポキシ樹脂塗装鉄筋、亜鉛メッキ鉄筋、ステンレス鉄筋)
③高耐久性プレキャスト型枠工法
高強度コンクリートで作成したパネルを埋め込み型枠として、コンクリート打ち込み後もコンクリート表面に設置しておき、劣化因子の侵入を防止する。
④電気防食工法
5.補修工法の選定
塩害により劣化したコンクリート構造物の補修工法を選定するにあたっては、構造物の劣化状況が潜伏期、進展期、加速期、劣化期のどの劣化過程にあるのかを十分に見極め、補修工法に期待する要求性能を明確にする必要がある。
外観上のグレードと劣化の状態
・潜伏期
外観上の変化が見られない。腐食発生限界塩化物イオン濃度以下
<標準的な対策工>
表面被覆工、表面含浸工法
・進展期
外観上の変化が見られない。腐食発生限界塩化物イオン濃度以上、腐食が開始。
<対策工>
表面被覆工、表面含浸工法、断面修復工法、電気防食工法、脱塩工法
・加速期(前期)
腐食ひび割れが発生、錆汁がみられる。
・加速期(後期)
腐食ひび割れが多数発生、錆汁が見られる。部分的な剥離剥落がみられ、腐食量の増大。
<対策工>
表面被覆工、表面含浸工法、断面修復工法、電気防食工法、脱塩工法、ひび割れ注入工
・劣化期
腐食ひび割れが多数発生、ひび割れ幅が大きい、錆汁が見られる、剥離剥落が見られる、変位、たわみが大きい。
<対策工>
断面修復工法、補強工法
※赤文字は、亜硝酸リチウムを使用可能な工法を示す。
劣化過程を評価するうえで、かぶりコンクリートをはつり出し、腐食の有無、位置、面積、孔食の有無などの腐食調査を行うことが重要である。
また、コンクリート中の含有塩化物イオン量の測定、特に、コンクリート表面から、深さ方向の塩化物イオン量の分布を測定することが、Fickの拡散方程式を用いて、今後の劣化進行度合いを推定する上で重要となる。2
塩害補修工法の要求性能
要求性能①:塩化物イオンのコンクリート中への侵入を低減する。
要求性能②:既にコンクリート中に侵入した塩化物イオンを除去する。
要求性能③:腐食が開始した鉄筋の腐食進行を抑制する。(鉄筋の腐食の抑制)
要求性能①
・表面処理工法
表面被覆工
コンクリートの表面を有機系、無機系の材料で覆うことにより、外部からの劣化因子の遮断する工法。
有機系被膜材:エポキシ樹脂、シリコン樹脂
柔軟性や、膜厚などを環境に応じて自由に計画できる。
無機系被膜材:単層での使用する場合、表面に有機系の被覆材を塗布する場合などがある。
ポリマーセメント系表面被覆材を使用する場合、亜硝酸リチウムを混入して塗布することが可能で、劣化因子の遮断に加え、亜硝酸リチウムによる鉄筋防錆効果を付与できる。
表面含浸工 シラン系撥水材やケイ酸塩系改質剤など
コンクリート表面に含浸材を塗布・含浸させ、コンクリート表層部を改質することにより、外部からの劣化因子の侵入を遮断する。
コンクリート表面に被膜層を設けないため、構造物の外観を変えることなく、短期間で施工できる。しかし、効果は劣化因子の侵入の抑制にとどまり、劣化因子の遮断は表面被覆に比べて、劣る。
・ひび割れ注入工法
スプリング圧やゴム圧を用いて、セメント系、ポリマーセメント系、エポキシ樹脂やアクリル樹脂などの有機系材料をひび割れ内部に低圧、低速で注入し、閉塞させる工法。
セメント系注入材は亜硝酸リチウムと併用して注入可能なため、ひび割れ劣化因子の遮断に加え、亜硝酸リチウムによる鉄筋防さび効果を付加することも可能。
要求性能②
塩化物イオン量が腐食発生限界を超えており、腐食が開始している場合では、塩化物イオンとコンクリートをはつりとり、断面修復材を用いて、断面欠損部を修復するという方針をとることが可能。
・断面修復工法
コンクリートとの付着性、一体性から、ポリマーセメントモルタルが多く用いられる。
断面修復により塩化物イオンをはつりとる場合、鉄筋背面20mm程度までとするのが良い。
→除去しきれなかった、塩化物イオンが存在すると、塩化物イオンを含む母材コンクリートと含まない断面修復材の境界部付近に電位差が生じ、マクロセル腐食が生じる。
そのため、確実な塩化物イオンの除去が重要である。亜硝酸リチウムを混入した場合、マクロセル腐食を低減することが可能である。
左官工法
吹き付け工法
充填工法
・脱塩工法
コンクリート中の塩化物イオンが腐食発生限界を超えており、腐食が開始しているとき、塩化物イオンをコンクリート外部へ除去することによって、鉄筋の腐食環境を改善する方針をとることが可能。
脱塩工法は、コンク―ト表面に陽極材と電解質溶液を設置し、陽極からコンクリート中の鉄筋(陰極)へ直流電流を流すことによって、コンクリート中の塩化物イオン(陰イオン)を外部の陽極側へ電気泳動させ、コンクリート内部の塩化物イオンを低下させる方法。
かぶりコンクリートが比較的健全な場合、はつることなく、塩化物イオンのみを除去できる。
脱塩後、再度塩化物イオンが侵入することのないよう、表面保護工などの対応策を併せて実施する必要がある。
要求性能③
・電気防食工法
塩害によるコンクリート中の鉄筋腐食の程度が著しい場合、あるいは今後の鉄筋腐食が著しく進行すると想定される場合には、電気化学的な手法を用いて鉄筋腐食進行を抑制する方針をとることができる。
電気防食工は、継続的な通電を行うことによって、コンクリート中の鉄筋の腐食反応を電気化学的に制御し、劣化の進行を抑制する工法。コンクリート表面に陽極材を設置し、陽極材からコンクリート中の鉄筋(陰極)へ継続的に直流電流(防食電流)を流し、この防食電流が適切に流れている期間は鉄筋の腐食は抑制される。
対象構造物の共用期間を通じて通電を行う必要がある。
⇒電流供給システムの耐久性などを考慮し、定期的なメンテナンスが必要となる。
・外部電源方式
直流電源装置を用いて、補助電極を陽極(アノード)、防食対象物を陰極(カソード)として通電し、防食電流を流す方式。
・流電陽極方式
鉄筋にそれよりも卑な金属(Mn Zn等)を電気的に接続し、両者の電位差により防食電流を流す方式。
卑な金属を流電陽極といい、この陽極がアノードとなることで鉄筋の代わりに腐食する。
・亜硝酸リチウムによる鉄筋防錆
塩害の程度が著しい場合、あるいは、今後鉄筋腐食が著しいと想定される場合、鉄筋防錆材として亜硝酸リチウムを使用する方針をとることができる。
亜硝酸リチウムを鉄筋防錆材として使用する手段として、
①ひび割れ注入材に混入する場合
ひび割れ内部に亜硝酸リチウムを先行注入して、その後、セメント系のひび割れ注入材を注入する。
②断面修復材に混入する場合
断面修復工工法では、かぶりコンクリートをはつり取り、腐食した鉄筋をケレンした後に、亜硝酸リチウムを含有する防錆材を塗布するとともに、亜硝酸リチウムを混入したポリマーセメントモルタルにて断面を修復する。
③内部圧入工法
コンクリートに小径の圧入孔を削孔し、そこから亜硝酸リチウムを内部圧入し、鉄筋付近のコンクリートに亜硝酸雰囲気を形成させる。