2015年7月に、広島平和記念公園を訪れた。
一発の原子爆弾が落とされ、一瞬のうちに街全体が焦土と化し、人々の皮膚は焼きただれてズル剥けとなり、地獄絵図となった場所。
家族の安否を心配して、そこに探しにいった人も放射線の被曝により、その後、癌などの後遺症に苦しむ人生を背負わされた。
戦争は、あってはならない。
どんな理由も正当化などできない。
そう思っていたのだが。
先日CNNの記事で驚いた。
1945年のギャラップ社の調査で、アメリカ人の85%がトルーマン大統領の原爆投下の決断を支持。
そして2018年、ピュー・リサーチ・センターの調査で、日本に対する核兵器の使用は正当化できると答えた米国人は56%。
記事では「56パーセントに減っている。」という表現をしている。
が、逆に私は驚いた。今なお半数以上の人が核兵器の使用を正当化できると考えていることに。
ひとたび戦争になったら、兵士たち(日本は自衛隊員)が戦うだけでは済まされない。
必ず民間人が巻き込まれる。
まして核兵器の使用なんて、人間を虫ケラ以下と考えている行動だ。
私は癌になったこと、再発転移したこと、
これはもう事故に遭ったようなものだと考えるようにしているが、誰かの判断で故意的にこんな宿命を背負わされたのなら冗談じゃない。こんな辛い思いを、お国のためという幻想とか、自国ファーストのためとか、そんなことの犠牲でなったなら、苦しくて辛くて耐えられない。
いま、世の中がちょっとずつおかしくなってきている。
もう一度、平和であることのありがたさを噛み締め、私たちにできる小さな事を、積み重ねていきたいと思う。
爆心地の惨状。
広島平和記念資料館内の展示。強烈な熱線によって焼け焦げた人、街の様子を再現。