ここ3週間、夕方涼しくなると水元公園に来て散歩しています。
旦那さんは、軽いジョギング🏃
私は、🚶♀️散歩
画像を撮って改めて感じた美しい夕日
喉かな緑いっぱいの歩道
見えないけど確かに聞こえる蝉の声
心地よい風と、広々とした空間に癒されて😊
この前、3か月ぶりに会った友達と話したことを思い出しながら、過ごしています!
ここ3週間、夕方涼しくなると水元公園に来て散歩しています。
旦那さんは、軽いジョギング🏃
私は、🚶♀️散歩
画像を撮って改めて感じた美しい夕日
喉かな緑いっぱいの歩道
見えないけど確かに聞こえる蝉の声
心地よい風と、広々とした空間に癒されて😊
この前、3か月ぶりに会った友達と話したことを思い出しながら、過ごしています!
私たちの思い(心)は、
たった2つのきっかけから起きています。
「信頼」から見るか、
「恐れ」から見るか、です。
信頼から物事を見ているか
怖れから物事を見ているかで
同じ出来事でも、
感じ方がまったく変わってきます。
自分が「ある(信頼)」を土台で生きているのか
「ない(怖れ)」を土台で生きているのかで
心の安定感が全く違うのです。
「ない」を土台にしているときは、
ちゃんとやらないと
結果をださないと
期待に応えないと
周りから嫌われる
見捨てられる、責められる、と思っています。
自分には価値はない、と思っているので
頑張ることで、自分の存在価値を見出し、
不足感を埋めようとします。
隠しているつもりでも、
外から見るとバレてます。
怖れの気持ちから「問題を解決しよう」とすると、
うまくいかなくて空回りして疲れる。
では、「ある」を土台にするとは
どういう状態なのでしょう?
それは、“問題を解決しようとしない”
で生きることです。
“問題をどうにかしない”というのは、
目の前の出来事をジャッジしないで
嫌なことを悪者扱いしないで
受け入れること。
「何もしない」ことが、
“自分と人生を信頼している”
ということにつながります。
解決しなくても、思い通りにいかなくても
自分は大丈夫という自分への信頼。
価値があってもなくても、
私の価値は変わらないと信じて
誰とも何とも戦わない広い心。
それが、現実がスムーズに流れる
“ある”を土台にした姿だと思います。
初めから、こんな風に信頼できなければ、
何もしないでほっとけばよいのです。
今、自分のこと信頼できていないんだなと、
問題を裁かずに寄り添い受け入れる。
他の誰でもない自分のために。
怒りとは、自分の思い通りにならなかったり、
自分の価値観や期待が満たされないことに対する不満を、言葉や態度で表すことです。
どのように表すかによって、
その人の価値観や人間性が
はっきりと現れる瞬間でもあります。
というのも、怒りやイライラは、
2次感情と言われていて、
「心の奥に本当は自分が伝えたい感情」
があって、それを知らせるための役割をしています。
そのことが分かっていれば、
怒りを感じたときに、自分に矢印を向けて、
「ほんとうに伝えたい感情って何だろう?」と、
自分の気持ちに寄り添うことができます。
そうすると、相手を必要以上に責めずに、
一歩引いて出来事を観察できます。
「なんで、話を聞いてくれないんだ」
という、怒りの感情は、
「聞いてほしいけど、
それが得られなかった失望感」
という満たされない思いからきているのかもしれません。
そうやって、自分の気持ちを見ていくと、
「私のことをわかってほしい」
「相手と分かり合いたい」
という望みにたどりつきます。
怒らなくても、
怒りの感情の向こう側を見る力があれば、
相手を責めずに話し合いができるのです。
イライラしたエネルギーを吐き出して、
すっきりした気になるのか、
自分の内側を見て、
隠れている感情をちゃんと見るのとでは、
放つ波動やエネルギーも大違い。
無意識の場所に存在する自分の気持を
ちゃんと認識してあげることは、
自分を大切にすることでもあります。
マイナスの感情を恐れずに、
否定せずに、満たされない思いを感じてみる。
怒りが溶けるのは、これに尽きます。
マイナスの感情を表現するときに、
人のほんとうの姿が現れるのかもしれません。
普段人と話をするときに
責められたり
不機嫌になることを恐れて
言いたいことを我慢していると、
もやっという感覚があるだけで、
相手が話したことの
「何に反応してどんなふうに嫌だったのか」
が分からなくなります。
他人に嫌われないように
と本当の自分を隠しながら生きるのは、
一見いい人風に見えるけど
とっても不自然なこと
自分の意見や思いを伝えることは、
わがままではなく
“ありのままの自分を表現している”だけなので、
自分をなくさないでどの瞬間も自分が自分のままで
あり続けられたら、私の見ている世界に自由が広がっていきます。
その先に、自由に伝えられることを
喜んでいる自分がいるのだと思います。
自分がどんな我慢をしていたか伝えるときに
大切なことは、
不満ではなく本音を伝えることです。
自分で本音だと思って伝えようとしたことが、
まだ本音の手前の不満だったりすることもあって、
なかったことにしていたものを拾い上げていくには、
自分の心と話し合う小さな努力も必要です。
不満は、具体的な状況に対して満足できていないこと
本音は、隠された真実の気持ち、根源的な感情や気持ち
◆マッサージをして、相手の腰の痛みが楽になったことについて
・私のマッサージで腰が動かしやすくなったのなら
それを伝えてほしかった(不満)
・私のマッサージで、かなり腰が動かしやすくなったと思うのにそのことについて話がなく、私の施術は腰の回復に役立っていないのではと悲しい気持ちになった。
もしそのことについて話してもらえたら、 私の施術が役立ったと思えて、嬉しかった。
(本音)
本音って、相手を責めていなくて自分の思いが
言葉に乗っていて、とっても気持ちいい。
表面的な言動の裏にある、本当の考えや気持ちを話し合えたら、自分も他人も裁くことなくお互いを尊重しながら関係を育てていけます。
誰かの話を聞いていて、
分からないことを聞く時。
「どうせ聞いても、理解できないだろうなぁ」
と思いながら聞くと、分からない。
「分からないことを分からないと言ったら、
内心煩わしいんだろうな」
と思いながら言うと、
やっぱりめんどくさいと思われる。
不信ベースで相手に聞くと、
その通りのことが返ってくる。
分からないと伝えることが、
相手から責められたり、
否定されたり、
バカにされたりする、
と思っていると
聞くのも嫌になるし、
聞き流して分からないまま過ぎてしまう。
だけど、結局のところ、
「どうせ私のことなんて分からないでしょ」
「理解なんてされない」
と思っているのは自分。
分からないって言わないことが、
“自分の気持ちを大切にしていないことかも?”
ということに気づくと、
黙ってもいられなくなる。
「分からないことを分からないと言うこと」は、
自分の気持ちを大切にすることなんだと思うと、
分からないことを伝えようとなる。
そして、それは相手を信頼することにもつながる。
自分のことも相手のことも、
信頼をベースに話をすると、
得られる結果も変わってくるのだと思います。