そういえば昔、優秀な営業マンの例えに「エスキモーに冷蔵庫を売る」ってのがあったね。

 

今考えると滑稽な話に聞こえるけど、不可能を可能にする人の例えだったと思う。

 

じゃあなんでそんな話に多くのビジネスパーソンが共感したのかと言えば、この時代、「モノ」を持つことがステイタスだったからだ。

 

私もそうだったけど、昭和のころは「モノ」はあればあるほど裕福に思えた。。

 

だから大して必要のないものまで買ってしまったんだよね。

じゃあ今時はどうだろう。

 

もちろん、今でも必要もないものを営業マンの口八丁で買わされてしまう人はいる。

 

でも、彼らはステイタスを買っているわけではない。

 

どちらかと言えば、「不安」を刺激されて買わされているように思える。

 

極端な例を挙げれば、オレオレ詐欺なんかそうだろう。

 

まあ、それはそうとして、昭和の頃のマーケティングの話をする。

それを説明するために下の図を見てもらいたい。

 

 

この図は、マズローという心理学者が提唱した「欲求5段階説」と、コトラーというマーケティング学者が提唱した「マーケティングコンセプト」を合体したものである。

 

このうち、下の二つ「生理的欲求」と「安全欲求」はまさに昭和の欲求だったと思う。

 

例えば「空腹を満たす」「熱い寒いを防ぐ」「安心な環境で暮らしたい」といった必要不可欠なものに欲求が集まっていたんだよね。

 

これはマーケティングの観点で言えば、コトラーの「製品志向」に該当している。

 

まあ、要するに、作れば売れる時代だった。

 

国民のほとんどが、必要最低限に毛が生えたくらいの生活をしていたから、少しでも生活が裕福になるものだったら飛びついたってことだ。

 

冒頭の「エスキモーに冷蔵庫」はこういう時代ならではのステイタスである。

 

人々が必要最低限でいる中、「私はあまり必要の無いものまで持っている」ことが自慢になったのである。

 

そういえば昭和の頃、ちょっと小金を持った人は、みんなこぞって背伸びした「モノ」を購入した。

 

ローレックス、洋酒、外車、ビフテキ、骨とう品、百科事典、応接セット、毛皮、ジュータン、コンポーネントステレオ・・・。

 

もちろん、今でもあまり必要のないものを持ってステイタスを感じる人はいなくはない。

 

でも、昭和の頃のように「モノ」に執着心を持つ人はかなり少数派になったと思う。

 

昭和の頃のように「モノが欲しい」わけでもないし、平成前半のように「価値があれば欲しい」わけでもない。


自己実現欲求や承認欲求を満たすような「ストーリー」が欲しいのである。
 

「モノ」を売る時代はとっくに終わったと言える。