なにか気負っていたのが力が抜けたようでした。

 木村さんに新居に送ってもらい帰ると、私は畳も新しい部屋に富子さんと寝転がって互いに笑みを浮かべて顔合わせたのです。

 「終わったね富子さん、これから富子さんと二人だけの生活が始まるんだと思うとわくわくします」

 「私だってそうよ亮さん。今、スナックのお店何時から始めようか?と考えているの」

 「お店に出るのですか?それって危ないじゃありませんか?海野がいつ来るか心配です。とにかく富子さんがスナック開けるのだったら僕もお店で富子さんと一諸にいますからね。そうだどうせ家を出たのだから働かないといけないのです。富子さん僕をスナックで働かせて下さい」

 「亮さん貴方何を言うの、いやしくも川村の坊ちゃんをスナックで働かされませますか?」

 「それは言わないで。もう僕は川村の家を出たのだからね。とにかく富子さんのそばでいないと心配なのです」

 「私は大丈夫よ。さっきの様子ですればいいのだから。海野なにも言えなかっじやないの。心配は亮さんのお家。海野が嫌がせにくるのではないかと気になるの。あのまま黙って引き下がるような男じゃないもの」

 「それこそ大丈夫です。父相手になど何ができますか。家を出たものが父に後始末させるようなもので申し訳ないのですが。海野に家に行かすのが僕の計画だから気に

しないで」

 「それじゃ亮さん貴方始めからここまで考えていたの?」

 「まあね~」

 「亮さんすごい~」

 富子さんは声上げると、いきなり抱き着いてきたのです。

 あとは何時もの通り、お決まりのコースになるのです。

 

 ㉒

 あくる日午前中に愛さんの離れの家に行ったのは、愛さんに会って経過報告するためです。

 本宅には行けません。家を出た身です。父は会社でいいとしても、母に会うのも遠慮しました。思い切った金額を私に出してくれた母にしたら、それは正を川村家の後継ぎで、私は家を出た者としての私との縁を切る証しかも知れないと私は理解しているからです。

 そのことは思い切った母の父に対する反逆かも知れないと、私は女の執念の恐ろしさを感じるのです。

 でもそれは父と母との二人のことと私はかかわらないのです。だって私は家を出たのですから。

 愛さんに会う目的は、海野を富子さんと切り離したことの報告だけではありません。男の影のないない富子さんになったことで、正式に婚約する決意を愛さんに話すことで、それとなく父と母に報告してもらうのが狙いでした。

 私にとって愛さんは母親のような存在です。幼子から愛さんに育てれて母親代わりになったことで私のために婚期を失ったのではないか?と私は思ってしまうのです。

 でも今回のことで富子さんが気が付いたように、私も成人になるころから父と愛さんとの関係はうすうす感ずいていたのです。

 だがいくら父に愛されようと、表面上は家の女中という立場でしかない愛さんにとって、私の存在は唯一の希望でだったのに違いありません。将来私が当主になり、会社の社長になれば、母親同然の愛さんにとって川村の家に住む理由が成り立つのです。その愛さんの希望を私は摘み取ってしまったのです。

 私が家を出る。父の跡を継がないという宣言に愛さんが反対するのも当然でした。

でも最後は、女中として折れるより仕方ない自分の立場に従うしかなかった愛さん。

 私にできることは、愛さんを母親のように接することでせめてもの救いになればというのが私の想いなのです。

 

 

 愛さんの住む離れに富子さんと連れ立って行きました。新婚の里帰りみたいな気分です。

 「どうでした亮さん、富子さんの内縁の夫やらとの話。富子さん放り出しましたか?」

 顔合した途端、愛さんは待っていたように私達に向かって聞くのです。

 ストレートの問いに、私は笑顔でうなずいて答えにしたけど、富子さんはさすがに顔上げられなくて、うなずいて答えます。

 「はい、なんとかすべてで縁切りしてまいりました」

 「そう、良かった、亮さん私心配していたのですよ」

 愛さんは笑顔で答えると、とにかく上がって~上がって~と言われて部屋に入ります。

 椅子に座ると愛さんは水屋から湯呑セットを出して、お茶を入れるとテーブルに並べます。

 「あれ愛さん九谷焼きの湯呑じゃないの?お客さん扱いして、コップでいいのに」

 「いいえそうはいけません。あなた達はもう一軒の家を持つて、一人立ちしているのですから、お客さんです」

 「そういえば小さいころ湯呑割って愛さんは怒らなかった。物は必ず姿を変えるものですと言って、泣き顔の僕の頭をなぜてくれたのを覚えている」

 「そういうこともあったね。やっぱり気にしていたんだ。覚えているのは」

 「まあ愛さんはお母さんみたいに思っていたからね」

 懐かしいそうに昔のことを思い出すようにうなずく愛さんです。

 「それでは聞かしてくれます?富子さんとのそのごのこと。ああ、言われたことは旦那さんや奥さんの耳に入ることは知っていてくださいね。私は川村の女中頭としてあなた達の話を伝えなければならないのですから」

 「分かりました。そのつもりで話します。私達の住むマンションはここに決まりました」

 私は愛さんに用意してきたマンションのコピーを渡します。

「僕の働くところですが、富子さんのスナックで手伝いすることにしました。まだ富子さんのそばに居たほうがいいと思ったのです」

「亮さんスナックで働くなど、川村の坊ちゃんが?お父さん気にいらないでしょうね」

「仕方ありません。もう僕は川村の家を出たものだから仕方ないと思っていただくしかないでしょう」

「いえお父さんだけではありませんよ。私だって辛いのです」

 言ったものの、そのあとは愛さんは女中頭としてきっぱりした態度に立ち直ったのです。

 私と富子さんの交互の話を黙って聞いていたのです。聞き終わると私の顔をしげしげ見るのです。

「どうしたの愛さん?」不審に思って問い返しました。

「亮さん貴方~いつの間にそんなに大人になったのです?私が育てた亮さんがこんなしっかりした大人になるなんて~」

 感動に包まれたように目をしばたく愛さん。富子さんが居なければ泣いていたに違いありません。

「そうですよ愛さん私も何回も亮さんに、ホントに貴方20歳なの?て聞いたぐらいですもの」

 そばから富子さんも口を添えます。

「そんなに言ってくれるのは愛さんだけだよ。もしかしたら富子さんに会ってから僕は大人になったのかも知れないよ?」

「もう、亮さんたら~そんな筈ありませんよ。私は亮さんのお陰で楔から抜け出したのですよ」

 肩をぶつっけてきた富子さんに3人が笑い声上げたのです。

「でもね愛さん、僕はまだまだ一人前ではないんだよ。最後の締めはお父さんに振ったのだからね。それでお願いなんだけど、海野が来たら愛さんなら玄関払いすると思うのだけど、それはしないでお父さんに会わせるようにして欲しいんだ。お父さんがどう海野をさばくか、ずるいと思いながら最後の子供の願いとしてお父さんの助けが欲しいのです」

「勿論です亮さん、それは親の務めとして旦那さんがすることです。将来がある亮さんに危ないことさせるわけにいきませんから。分かりました。私からもお願いしておきますね」

 愛さんのきっぱりとした返事に嬉しくて、この人はホントは私の母親ではないの?思うくらいです。

「愛さんありがとう。僕は愛さんをお母さんのように思っているから、将来、母は正が見るだろうから、僕は愛さんがこの家を出ていくとき僕が引き取るからね。安心してよ」

「亮坊ちゃん~」

 愛さんは後の言葉が続かず、泣いたのです。

 

 ㉓

 それからの毎日は私と富子さんにとって幸せの毎日、平穏の日々が続いて気味悪いほどでした。

 私は富子さんに常に同道して過ごし、富子さんのスナックで海野に代わってバーテンを務めるために、日々修行したのです。

 どもそれは常に富子さんのそばに居たい。私の想い、それだけではありません。万一海野が来たとき私が富子さんを守らなければならないからです。それに海野だけではなく、スナックというお店の性格から美人の富子さんにいい寄ってくる客を、あしらう役割もあるのです。

 なにかそれって<美女と野獣>のようだと我ながら思うのです。

 そういえば海野の愛人の女装子の姿も消えていました。お店に来なくなったのです。多分海野に転げ込まれて、愛人が発覚したことでスナックに来れなくなったのでしょう。

 

 でも、平穏は矢張り長くは続きませんでした。

 覚悟していたとはいえ海野がお店にやってきたのです。まだ時間が早く客の姿がないときです。

  海野は黙って入ってきて、客席のソフアーに座るとバーテン姿の私をじろじろ見てから富子さんに視線を止めるのです。

 富子さんは気づいているようでしたが、知らぬ顔で無視しているようでした。

 これは私の出番~と気が付いて私はカウンターを離れて海野のそばに行ったのです。

 「海野さん御用ですか?富子さんは貴方とは縁が切れたのです。お帰りになってください」

 いよいよ戦いの始まりと覚悟を決めての挑戦です。

 「おや、川村の坊ちゃんが私の代わりにバーテンされるとはね。ついでに富子とは内縁の夫ですか?」

 揶揄する口ぶりの海野です。これは挑発とすぐ気が付きました。

 「貴方には関係ないことです。嫌がらせならすぐお帰り下さい。」

 「そうはいかないのだよ坊ちゃん。海野はね、富子に理由なく縁切り言われて、バーテンの仕事も首を切られ食う道断たれ、おまけに住んでいる家まで追い出されて生きていくことできなくなったんだ。

 だから助けてもらいに来たんだ。それを坊ちゃんは出て行けと言うのですか?ひどいじゃないですか?」

 「その話は海野さんと富子さんとの話ですんでいることです。営業妨害です。お帰りになってください」

 「帰るよ、帰ってやるから、慰謝料と退職金出してくれますか?」

 「富子さんはそんな根拠のない金は出せない。出す金もないと言っているのですから、いくら言っても無駄です。お帰り下さい」

 「お帰り下さいの連発か、内縁の夫が~なら富子が出せないなら内縁の夫の坊ちゃんに出してもらいましよう」

 「僕もここに雇われている身です。そんな理由のない金は出せません」

 「川村工業の金持ちの家じゃないか。出せない筈ないだろう。出さなきゃお前さんの家に乗り込んでいくがいいのか?」

 「私はもう川村と縁はありません。行きたければ行きなさい。私は関係ありません。今、貴方のしていることは脅迫、恐喝です。お帰りにならないと警察呼びます。

富子さん警察に電話を~」

 「わかった、わかった、おとなしく帰るがこれですむと思うなよ」

 最後は捨てせりふのように言って、海野はスナックの扉を叩きつけるように閉めて出て行ったのです。

 それを見送った私に富子さんはカウンター飛び出してきて私に抱き着いたのです。

 「怖かった~私、あんな男を内縁の夫なんかにしていたのかと恐ろしくなりました。縁切りして良かった。亮さんありがとう。でも凄い亮さん」

 富子さんはまた惚れ惚れと私を見つめて、口を寄せてきたのです。

 「ダメですよママさん。お客が来るでしょう。今の僕はママさんに雇われているバーテンですからね」

 そっと富子さんを引き離しました。

 内心はやれやれと言う思いです。

 これで海野と富子さんのことはすべて終わりになったのです。

 あとは父の手に任すだけです。

 <続く>次回最終章