守衛さんが立って敬礼するのに、木村さんは答えて工場の内に入ります。

 何棟もの工場の建物を縫って、2階建ての鉄筋の建物の横に車が止まります。

 木村さんが車の扉を開けてくれて降りると、木村さんは2階を指さします。

 「社長は2階の応接間においでです」

 「ありがとう木村さん。お世話になりました」

  挨拶して建物の扉を開き入ると、カウンターの制服の女性が立ち上がります。

 私を見て驚いた様子を見せて、私が頭を下げると笑顔に変わると慌てて最敬礼をしたのです。

 始めて私と会うとみんな驚いた顔になるのは、私が父とそっくり似ているせいだと思います。

 「どうぞ、ご案内します」

 カウンターから出てきて私の前で先導した受付の女性は、私の来ることを知らされていたようです。

 2階の<社長室>とかけられているプレートのある部屋の扉をノックします。

 「社長おいでになりました」

 「はい、入って」

  女性が扉を開けて入ると、父は大きなデスクで書類見ていたの止めると私に頷きます。

 「来たか」一言言って前のソフアーを指さします。

 受付の女性と入れ替わって別の事務の女性がノックして入ると、父に頭下げてから蓋つき茶たくを父と私の前に置き、また一礼して部屋を出ようとする女性に父は手を上げます。

 「話があるので誰も入れないように」指示をして、かしこまりましたと部屋から出ていくのを確認してから父は私に向きます。

 

 「女ができたそうだな?」

 私を見つめた父は、デスクからにやりと笑み浮かべて私に開口一番の問いです。嫌な言い方だと思いながら、とにかく素直に応対することにしました。

  「小枝富子さんと言います。私には過ぎた美人です。」

 「理想の女性だと口説き落としたようだな?」

 「愛さんに聞きましたか?」

 「ああ、お母さんはなんにも言ってくれないが、愛には泣きつかれた。お前を自分の子供のように思い込んでな。二人が同棲しても亮さんの後継ぎは外さないでくれとやいやい言って本家に帰れなくなった」

 テーブルの父は笑っているようだけど、苦笑いに見えるのです。

 「愛さんには僕の小さい時から育てられていますから、自分の子供同様に思っていてくれているのですよ」

 「そのようだな」

 「だから今度の話、お母さんより愛さんの方がなかなか納得しなくて」

 「当り前だ、愛だけでなく私だって納得していない」

 別にそれで怒っているように見えない、静かなもの言いに父と言えども圧倒されます。社員たちが怖いと言うのはこれなんだと思い当たるのです。

 「お父さん相手に納得させるなんてできないのは分かっていますよ。まあ、お母さんはお父さんに気兼ねしながらも受け入れてくれましたけど」

 「私を無視してそんなことのできるお母さんではない筈なんだが?」

 首傾げて見せる父ですが、それはポーズに過ぎないと私は見抜いているのです。

 「そうですよ。でも一度したのだから二度するのも同じだと~」

 「そういったか?そういうことか?えらい時に返りがきたもんだ」

 「返り?二度目は僕のことですが、一度目はなにがあったのです?」

 「お前ができて一年余りのことだ、お母さんは赤ん坊のお前を置いて里に帰った。私は迎えもせずにそのままでいた。赤ん坊のお前は愛に養育させ、そのために離れを新築して愛とお前をそこで住まわした。そういうことだ」

 「そうだったんだ。正ができたので愛さんが私をみるようになった?そう思い込んでいました。」

 愛さんを自分の母親と想うような感情があるのは、そのせいだと気が付きました。

 「でも理解できません。母親が生んだ赤ん坊を置いて里にかえってしまうなんて考えられないことです。」

 「私への面当てだろうな。お前が赤ん坊としても、あまりにも私に似ていたから」

 「お父さんに似ていたから面当て?お父さんそれほどお母さんに憎まれていたのですか?」

 「多分な?妻にとっては許しがたいことかも知れんな」

 「原因は愛さんですね?」

 「わかるか?」

 「分かりますよ。私だけじゃありませんよ。富子さんは愛さんと話しただけで見抜きましたからね」

 「美人だけでなく、賢そうな女性のようだな?」

 「美人だけでなく、僕の立場を理解してくれる賢い女性ですよ。その彼女に僕は愛されている。僕には理想の女性です」

 「だから年上でも、スナックを経営して男がいても良いと思っているのだな?」

 父の細目が大きく開き私を睨みつけると、さすがにぞくりとします。

 「男というのは内縁の夫です。別れたいと言うことの話から会うようになりました。スナックは友人に誘われて行ったのですが、会って一目ぼれしました。お父さんと同じで僕も美人に弱いみたいです。」

 「お母さんのことを言っておるのか?言っておくがお母さんは素人娘として私と結婚した。だがお前の相手は玄人女だ、未来の社長の嫁としての玉の輿狙ってたぶらされていると考えないのか?」

 「富子さんはそんな女性<ひと>ではありません。初めに言いました。彼女は僕の立場を理解してくれています。愛さんもそれを考えてのことでしょう。彼女を問い詰めて確認しました。僕も社長の座に興味ないことは伝えました。」

 私の思い切ったことを伝えているつもりなのに、父はまるで関心示さず苦笑いしながら私を諭すのです。

 「お前は若い、坊ちゃんだ。相手の話に合わして共感させるのは玄人女のやり口だ

と知っておくことだな。まあ、それを心得て付きあうのも勉強になるだろう」

 やったー!内心高らかに声上げました。

 富子さんとの付き合いに父は了解したのです。

 父の富子さんへの見方に違いはあっても、私にはどうでもいいことです。私が富子さんを愛し、富子さんが私を愛してくれるならそれで充分なのです。

 「嬉しそうだな?だが俺と同じで、見た目の悪いお前がどうして美人に惚れられるのか?不思議と思わないのか?」

 「僕はお父さんと違います。力づくで自分のものにするのは僕の流儀ではありません。富子さんを心から愛しているから、富子さんはそれに答えてくれたまでです」

 「力づくとは、私とお母さんとのことか?」

 「お父さんは地位も財産もあって、そしてこの村の権力者です。村を繁栄さした恩人ですから、村の人はお父さんに逆らうことなどできません。だから美人の評判高いお母さんに目をつけたお父さんに、嫁にと言われれば差し出すほかなかったのです。

たとえお母さんに好きな男性がいても、因果含められ諦めてお父さんに嫁ぐほかなかったのです。」

「知っていたのか?」

「お父さんは村の人達の注目の的ですから、その話は村の人達は誰しも知っていることです」

「お母さんに好きな男が居たと言うのか?私の耳に入ってくる筈だが?」

「そんなこと誰が話しますか。お父さんにマイナスになるようなこと告げ口したら村におれなくなりますからね」

 父には心当たりがあるようです。うなづくと目が細くなるのです。

「息子のお前に聞くとはな~だが今になって私の耳に入れたのはどうしてだ?」

「富子さんと同居するために村を出るからと、それにお父さんの跡を継がないからです」

 父の顔色が変わったのはその時です。

 「富子さんという女性と住むのはいい、だが私の跡を継がないと言うのはどういうことだ?女のために私の会社と手を切るというのか?」

 「いいえ富子さんは関係ありません。僕にはお父さんの跡が継げないからです」

 「私の跡が継げない?なにを馬鹿なことを言っておる。お前は見かけだけではない。すべてが私と同じだ、資質に優れて私の跡を継いでも会社をやっていける能力があるのだ。私の周囲にはお前に匹敵するものは一人もおらんのだ。それなのにどうしてだ?納得のいく説明をしてみなさい」

 「今、お父さんが言ったことが理由です。僕があまりにもお父さん似だからです」

 「どうして私に似ていることが、会社を継がない理由になるのだ?」

 「お父さんは気が付いていないのです。会社ではお父さんの発言は絶対です。叩き上げでここまで会社を育てて、村を発展させた社長です。社員は社長の言葉に従って仕事をしているのです。すべての仕事を知り尽くしている社長に言われるままに仕事をする社員には自分の意見はないのです。

 でもその社長が私に代わったら、お父さん似の私に社員は同じように指示を求めて

動こうとするでしょう。でも僕はお父さんのようにたたき上げでもないし、会社のことも知り尽くしていません。結果は会社は衰退し、悪くいけば潰れます。僕が社長になることは会社のためにはなりません。それが僕がお父さんの跡を継げない理由です」

 「お前の考えは分かった。だが私はたとえお前の言うようなことであっても、亮の才能はそれを乗り越える力を持っていると信じている。これは意見の別かれるところだな?なにか正を後継にと言ったそうだが?それこそお前の意見を正に当てはまるのではないか?」

 たとえわが子でも自分の意見に従わせる。そんな笑みを浮かべる父です。

 「確かにお父さんの言われるように、正の力ではやっていく能力はありません。でもお父さんそれが正の力になると思いませんか?」

 「能力のないことが逆に力になると言うのか?」

 「そうです。これはお父さんに寄るところが大きいのですが、正が後継者として会社の社長になると、正のことをよく知っている社員や村の人達は一大事と心配するでしょう。正の力では会社は経営できないということはお父さんと同じように思っているからです。

 会社がなくなることは、社員や村人にとっては他人事ではなく我が身のことなのですから。だからこそ社員は正を支えることを考え、仕事の知恵を出し合って能力を発揮するでしょうし、村人達は村の繁栄の基礎である会社を守る動きをするでしょう。

 お父さんの力で繁栄した会社が、変わるのです。変わることでさらに発展するのです」

 少し得意げになって話すのに父は言葉を挟まずうなづき聞くのです。

 「なるほど、そこまで考えたか?亮は成長したな。だがお父さんはますます亮を後継者にする気になった。」

 「お父さん僕は後継者になりませんよ。社長はできませんから」

  なにかはぐらかせられているようで父に念押ししたのです。

 「わかった。まだまだ時間のあることだ。先の話になることだから~」

 言いながら父はにやりと笑うのです。

 「今日は引き分けにして、また改めて亮の話を聞かしてくれ」

 言いながら父は机を離れて私に近ずくと、私の肩をポンポンとたたくのです。

 話は終わりという合図なのです。

 <引き分け?>まあ、これで時間稼げて富子さんと暮らせるなら~自分に言い聞かせてソフアーから立ったのです。

 テーブルには茶たくに蓋をしたままで、お茶も飲まずの話し合いだと気が付いたのです。

 「女には気を許すなよ」部屋を出ていく私の背中に父の声が追っかけてくるのです。

 

 ⑱

  守衛室に居た木村さんを呼び出して、車を出してもらい新居に急いだのです。

 マンションの扉を開けて入るなり、靴も脱がずに声上げます。

 「富子さん帰りました」

 「ああ亮さんお帰りなさい。話しあいはどうでした」

 「喜んで、お父さんも富子さんと住むことを許してもらった」

 「凄い~亮さんお父さんを説得したのね」

 「話半分、引き分けだけどね。でも富子さんを賢い女性だと言われた」

 「わ~光栄です」

 部屋に上がると、すっかり片付けられている新居です。

 明日は二人で買い物をして、夜には富子さんの内縁の夫、海野と、富子さんが別れ話を突きつける番なのです。

 でも今夜はそれを忘れて、私達の初夜を迎えるのです。

 それを待ちかねて私はわくわくしているのです。  <続く>