あくる朝、母に呼ばれました。

 部屋に行くと、母のそばに弟の正もいました。

 「亮さん行くのね。私やお父さんに逆らって行くにしても、時々顔見せに来るのよ」

 やっぱり母親です。私と父の話がまだ残っているにせよ。息子が恋人のもとに走るのは仕方がないと、認めているのでしょう。

 「ごめんねお母さん。わがままな息子だけど。彼女のことだけで家をでるわけではないんだ。僕が居ては正が家を継ぐのがむつかしくなるからなんだ」

 「わかっています。出来過ぎの貴方が居ては正はお父さんの後継ぎは無理でしょうね。でもやっぱり貴方がなぜ後継ぎしないのはどうしてなのか?お母さんは理解しにくいの」

 「そのことはお父さんも聞くでしょうね。後継ぎは会社の社長になることでしょう?でも僕が社長になれば会社はダメになるからだと思ってください。」

 「亮さんどうして?有能な貴方が社長さんになれば会社は発展するでしょう。お父さんもそれを期待されているのでしょう?」

 「やっぱり昨日の話になるんだね。」

 「でも兄さん僕だってお母さんの言う通りだと思うよ。僕には社長は重荷だよ」

 横から正が口挟みます。180センチの背丈で顔合そうとすれば私は見上げなければならない体躯の上に、好男子でとても18歳には見えないのです。

 お人好しで、私も正が好きなのです。

 「大丈夫だよ正。歳がいけば貫禄が身について立派な社長になれるから」

 「見かけの社長だよ。中身は兄さんにはとても叶わないから。兄さんが適任だと思うのだけど、なぜなの?なぜ兄さんが父さんの跡をつがないの?」

 「それは正が会社を動かすようになったら分かるよ」

 「会社を動かすて?そんなこと僕には無理だよ」

 「大丈夫、正にはできる」

 「じゃ教えて、どうしたらできるの?」

 「そうだな~分からない時は人に相談すること覚えたらいいね。会社でいうなら社員に相談することになるかな~。だから正は誰に相談すればいいかだけを考えたらいい。」

 「じゃ、今はお父さんか、お母さんに相談すればいいね。そうだ愛さんにも相談できる」

 目を輝して自分に言い聞かせる正を見ると、今は子供でもお父さんが隠居するころには立派な大人になるだろうと、安心感に私は満たされるのです。

 「やっぱり亮さんは一人前の大人なのね。それなのにどうしてお父さんの跡を継ぐこと考えないのか?」

 微笑みながらも、ため息ついてつぶやくお母さんにもっと納得のいく説明をしたいものだと考えてしまいます。

 

 「それで亮さんの新居だけどね。知り合いの周旋屋さんにマンション頼んだら返事がありました。行ったら案内してくれますからね。権利金も含めて半年間の家賃は払っときましたから。働くと言ってもそう右左に勤め先は見つかるものでもないしね。それとこれも生活費の足しにしなさい」

 渡された茶封筒が分厚いのはそこそこの紙幣が入っているようです。

 「お母さんありがとう。親の意志を無視して家出するのだから、裸一貫で放り出されても仕方ないことなのに」

 私をピノチオと呼ぶ母だから、好かれていないと思っていたけど、親としての愛情を持っていてくれたのだと、感動するのです。

 「木村に転居の手伝いするように言ってますからね。荷物運びに買い物もするでしょうから、一日使っていいのよ」

 「助かるよお母さん。お父さんと話して了解してもらったら、ここへ来るからね」

 「お父さんが果たして納得するかしらね。それでも貴方は出ていくのでしょう?」

 「大丈夫、納得してもらうから」

 「ああ、愛さんから聞いたと思うけど、お父さんは会社で貴方と会うそうよ。家で会うのは嫌やみたいね」

 「お母さんは認めたと愛さんから聞いたからでしょう」

 「相変わらずね。私に聞けばいいのに」

 「お父さんは自分だけの判断で僕の話を聞きたいのでしょう」

 憮然としたお母さんの表情に話はやめることをしました。

 「じゃお母さん行くね~」

 「お父さんが納得しなかったら、無理に説得しないでね。黙って引き下がって自分の思うようにしなさい。」

 「ありがとうお母さん。これきりじゃないからね。また会いに来るから」

 答えながら、次に母に会いに来た時女になって来たらどんな顔して会うだろうか?そんなこと思うのです。

 多分母は驚くだろうけど、ひょっとしたら喜ぶような気がするのです。

 「見送りしませんからね。ここでさようならよ。」

 「兄さん僕も見送りしないけど、元気で居てね」

 お父さんに遠慮して見送りは控えたのでしょう。

 二人に送られて部屋を出たけど、なにか寂しい気分です。このまま別れになることは避けよう。そう思ったものです。

 

 裏の木戸口に行くと、もう木村さんと富子さんが荷物を車に運んでいました。

 「木村さんご苦労さんです。今日はお世話になります」

 「良いですよ。奥さんに言われましたから、これも仕事ですから」

 中年の大男の木村さんは笑顔で答えます。

 「富子さん一寸」と呼んでささやきます。

 「お母さんがねマンションの紹介してくれて、権利金も家賃も半年分払ってくれていたよ。それに生活費もね。これってお母さんマンションに二人で住みなさい。と言うことだと思うよ」

 「確かにね。いいお母さんじゃないの亮さん。ピノチオと亮さんのこと呼んでいることから私誤解していました。本当はご挨拶したいのだけど今は無理ですし~」

 申し訳なさそうな富子さんの肩たたきます。

 「大丈夫、お父さんのOKもらって、時期見て両親に引き合わせるから」

 元気づけて、荷物が車にすべて運ばれたのを確認して、愛さんに二人して挨拶です。

 「愛さんお世話になりました。出発します。元気で居てください。母と約束しました。時々顔を見せに来ると」

 「そうですよ亮さん。その時は必ず私のところに来るのですよ。別れるようで寂しいけど、お父様が私のところに来るのが気兼ねなしだから、それもいいか?」

 愛さんはにやりと笑うと舌をちょろっと出すのです。

 へえ~愛さんて固いだけでなくこんな一面があったのだと、母が気の毒に思う反面<それもいいか?>私も舌をちょろりと胸の内だけど出して見せたのです。

 

 

 周旋屋さんに案内されたマンションは、海を眼下に見下ろす11階建の高層マンションの7階でした。

 「へえ~もう移ってくるのですか?」

 周旋屋に言われましたが、荷物を富子さんと持てるだけ持ってエレベーターに乗ったのです。

 周旋屋さんから鍵をもらうと部屋に荷物を置いて、ベランダに二人して並んで海を見渡します。

 入り江になっ岸壁には大小のヨットがもやっているのです。

「亮さん私ヨットに乗りたい。」

 富子さんが歓声を上げます。

「そうだね、買うことはできないけど、友人にヨット持っているのが居るから頼んで

みてもいいね」

 海からの風に頬を染めている富子さんが、震えるほどに綺麗に見えるのです。

 今日からこのひとと一諸に住めるのか、と思うと歓喜が私のなかで奏でるのです。

 「じや、木村さんが待っているから、お父さんに会いに行くね。帰ってきたら買い物に行こう」

 「分かりました。3LDK ですもの荷物の整理もお掃除もすぐです。必要な物は台所の物ばかりですよ亮さん」

 「それでも折角だから木村さんに付き合ってもらうよ。車で買い物だと早く終わって、二人の新居の実感を早く味わえるでしょう」

 「それは私も同じだけど、でも今は、亮さんとお父さんとの話の方が気になって落ち着かない気分なの」

 「あれ?富子さん愛さんには、亮さんがお父さんを納得させられと信じていると、はっきり言っていたじゃない?」

 「それは信じています。でも20歳<はたち>の亮さんが、この町一番の大物と言われているお父さん相手に太刀打ちできるのか?それが心配で」

 「分かりました。納得しなくてもいいのです。勘当されてももうここで富子さんと住むことを決めているから安心して富子さん」

 「でも勘当されたら、亮さんは大きなあの家に帰れなくなるのよ。そんなことになれば私は申し訳なくて」

 「もう富子さんは次から次と心配の種つくるのだから。心配は僕に預けていまは 僕たちの新居づくりに精だしてください」

 言いながら富子さんの背を押して、小部屋に山と積まれた荷物のなかに押し込んだのです。

 

 さあ、難関と思える父との話し合い。父を説得何て思っていないけど、自分の気持ちや考えを父にぶっけるしかないと覚悟でした。  <続く>