⑫
だが富子さんのまだ信じられない?疑わしい顔つきは消えません。
注文したコーヒが前に置かれても、手をつけずに考えています。
「車で荷物運んでもらえるなんて、助かります。マンションを出るにしてもそれが一番悩んでいたことだから。これで一気に彼と別れられます。でもやっぱりご両親に黙ってそんなことしていいのでしょうか?」
「両親に黙って既成事実を作ると言うことですか?それは僕、いえ私に任してください。今夜にでも両親に話して了解とりますから」
「了解とると言ってもね~ご了解とれるとは思えないのだけど」
なにか、まだ信じられない様子の富子さんです。
多分、9歳もの年上でお水の仕事の自分の立場が気になるようです。近郊ではトップクラスの会社の跡取り息子との結婚どころか、同棲でも認めてもらえるとは思えないのでしょう。
「富子さん今は考えるより行動するときです。駅前に車が来ますから行かないと」
催促して、そうね、と腰を浮かした富子さんですが、ちょっと待って~と声上げたのです。
「亮さん、いえ亮子さん、貴女そのメイクよ、女装の姿でお家に帰るつもりですか?とにかく、もう一度スナックに戻つてメイク落としして衣装も着替えないと」
慌てふためく富子さんに笑ってしまいます。
「どうして女装だったらダメなのです?」
怪訝な気持ちで問いかけます。
「ダメって~その格好でお家に帰ったら、亮さんとは思えなくてびっくりされるでしょう?息子が真っ赤なドレスの女装姿になって帰ってきたら、絶対、おかしくなったと~」
「そうかなあ~でも、不細工な男のピノチオがこんな綺麗になって、母もびっくりしても喜ぶと思いますよ。どちらにしても手をくれです。運転手の木村が迎えにくる
のですから、父にご注進するでしょう」
「私自分の立場ばかり考えて、亮さんを女装させてしまって、亮さんのお家のこと考えていなかった」
「どうしてそんな後悔するようなことを言うのです。私は喜んでいるのですよ。富子さんのおかげでこんな美人にして頂いて、家族にも綺麗な私を見て欲しいぐらいです。もうそんなこと言っていないで、駅前に行きましょう」
後の言葉を言いかける富子さんの唇に蓋をして、立たせると外にでたのです。
駅前に行くともう自家用車は待っていました。
運転席で所在気に居る木村さんに、窓の戸を叩きます。
でも、私を見て怪訝な表情です。
さらに強く窓ガラスをたたくと、さすがに窓を降ろします。
「なにか?」
問いかけられて、笑いそうになるのを耐えました。
「僕だよ、亮です」
「はあ?亮て?どちらの?」
まだ怪訝な表情が取れない木村さんです。
「まあ、こんな女のなりして分からないだろうけど。僕は木村さんが待つその亮です」
「そういってもね~声は似ているようだけど、亮坊ちゃんはあんたみたいな美人ではないし、それに男だからね」
「まだそんなこと言うのか?」
怒る気持ちはありません。かえって嬉しいぐらいです。見事に美人に変身したということなのですから。
富子さんから渡された女物のバックを開けて、自分の財布を取り出し、カードと一諸に挟んでいる会社の写真入りの身分証を見せたものです。
「分かりました。失礼しました。でも、どう見ても亮さんと思えません」
首傾げながら扉を開いて私達が車内に入るのを待つのです。
「いいからトランク開けて、荷物がいっぱいあるだろう」
はい、と返事はいいのだけど、運転手席で操作してトランク開けると、富子さんが抱えていた買い物袋を受け取りトランクに運びます。
<どうしてこう言わないと自分で判断できないのだろう?>日頃、会社を見てきた同じ思いが浮かんでくるのです。
車が動き出すと、早速、前を見ながらも木村さんの好奇心の質問が返ってきます。
「亮さんどうしたのですか?なんでまた女装なんかして?」
「それを言うなら木村さん、男の亮と今の女装の亮とはどちらがいいと思う?」
「そりゃ~今の女装の亮さんが断然良いに決まっていますよ。外人か?モデルさんか?と思うくらいの美人ですからね」
その返事に富子さんと顔合わせて、笑み交わしてうなずきました。
「分ったでしょう富子さん、これですからそりやはじめは驚くかもしれませんが、こんな美人になったからと言って誰が怒るものですか」
「そうでしょうか?亮さんはお坊ちゃんで世間知らずだから、そんな平気なこと言えるのです。たとえばそのなりで亮さんが社長をして、社員の人達は喜んで受けると思いますか?社長失格ですよ。やっぱり私、とんでもないことしてしまったのです」
うなだれる富子さんに、気の毒になります。私の考えていることを知ったらそんな心配は必要ないのだけど、今は言えないのです。
「気にしないで富子さん、僕は坊ちゃんで向こう見ずだけど、考えてのことだから
安心していいよ」
「そんなこと言われても私は心配で~」
気にする富子さんに、スナックのママさんで客あしらいにたけているはずなのに、私と変わらない歳の娘さんと言った印象をもってしまいます。
まあ、木村さんも聞いていることだし、あまり深入りしたやり取りはしない方がいいと判断して言葉を続けることをしませんでした。
富子さんのマンションに着いて、部屋から富子さんの指示する必要な物を次々玄関に積み上げていくのです。洋服箪笥など大きい家財は乗用車に積めないので諦めます。
とにかく彼が帰ってくれば後の始末は彼にさせればいいと、富子さんを説得しました。
私と木村さんが玄関の荷物類を乗用車に運んでいる間に、富子さんは近くに住む家主さんのところで、マンションの解約手続きをします。
これで彼は家主さんの要求で家の後始末して出ていくしかないのです。
戻ってきた富子さんは荷物が座席にも積みあげられている車に乗り込むと、助手席の私に小さく頭を下げます。
「亮さんありがとう。手続き終わりました。木村さんお世話になりました」
「いいえ、お安いことです。まあ、そういうことでしたか?」
木村さんは私を見て意味深気に笑み浮かべてうなずいてみせるのです。木村さんは私達が好きあってマンションを出るだけでない複雑な関係であることは察しているようです。
荷物を運び出す部屋には、男物の衣類や備品が散乱していたのですから。
それもあって私と富子さんは、それ以上の会話を交わすことしませんでした。
とにかく私の計画第一段階が無事終了したのです。
⑬
自宅には裏口の木戸に車を付けました。
愛さんの住む離れが近いこと、母屋から離れて人目に付くことがないからです。
富子さんは外で待たして、私と木村さんで山のようなビニール袋や段ボールの荷物を運びこみました。
奥から出てきた愛さんは私の姿に驚きの前に怪訝な表情をしました。
「愛さん間違えないで、亮さんだよ」
そばから木村さんが慌てて口挟みました。
「愛さん驚かしたけど、僕だよ、亮だよ」
私も念のため口をはさみます。
「亮さん一体これはどういうことです。真っ赤な服を着て女装をして、なにがあったのです?」
さすがに愛さんは目を開いて驚き聞き返します。
「ごめんよ愛さん。不細工な僕だけど、美人にしてもらうためなんだ。綺麗だろう。詳しいことは後で話すから、とにかく明日には出ていくから荷物と一諸に彼女お願いします」
なにか、おかしな言い方したのかな?思いながらも玄関に積み上げられた荷物を指さします。
「荷物と彼女て?亮さんちゃんと説明しなさい。母屋に私どう説明したらいいのよ?」
「だから電話で言ったように彼女を一晩泊めて欲しいんだ」
「泊めて欲しいて~それは聞きました。でも貴方のその女装にこの荷物はどういうこと?私は母屋に説明しなければならないのはしっているでしょう?」
さすがに愛さんは予想と違う成り行きに慌てたようです。私の女装に寝具の布団の大きな包みまである、積み上げられた荷物の数々に驚きをかくせないようです。
こうなるとすべて話すよりないと判断しました。
まあ、私の母親のような女中さんだから助けてくれる筈です。
「明日住む場所探して、二人で住むつもりでいるけど」
「一寸待ちなさい。私そんな話聞いていませんよ」
「だから今話しているけど」
「亮さん貴方私を馬鹿にしているの?そんなこと許しませんよ。貴方はまだ20歳<はたち>の学生さんなのですからね。養う力もない人がどうして生活していくつもりです」
「だから学校は退学して働く~」
「ああもう~一体貴方をそんなことをさせる女は?」
口には出さないけど、愛さんが、そんなこと亮さんにさしている憎い女とつぶやいているようです。
「今呼びます」
答えて外で不安な表情の富子さんを呼びます。
家に入ってきた富子さんを見て、愛さんは驚きの表情です。まじまじと富子さんを見つめるのは、亮さんを化かしている女狐<めぎつね>と決めつけるかのようです。
でも、反面、富子さんの美しさと、でも亮さんより年上でどうして?不思議な二人の関係が疑問になっているようです。
でも、さすがに女中として長年我が家で暮らしてきた貫禄が動揺を見せません。
「この家の女中頭の愛でございます。亮坊ちゃんの母親代わりでございます。どうぞお上がりになって~」
私にも合図して奥の間に入ります。
テーブルに向かい会って3人が座ると、富子さんはすぐに立ち上がり腰を屈めます。
「失礼しました。小枝富子でございます。今日は亮さんにお世話になりました。それに初めてお目にかかるのに、お宅様に泊めて頂くなんて厚かましいのですが、行くところが決まらないままでご無理お願いしました。よろしくお願いします」
「いえいえ私はこの家の女中の身でございます。亮坊ちゃんの言いつけに従っただけですから気にしないでください」
二人の挨拶のやり取りを聞いていると緊張の雰囲気があるのです。
「愛さん綺麗な女性<ひと>だろう。僕の一目ぼれのひとなんだ」
緊張をほぐすように私は割って入ります。
「ほんとお綺麗な方です坊ちゃん。それで富子さんとおっしやいましたが、亮さんよりお年は上のようですね?」
「はい、亮さんより9歳年上の29歳でございます。お付き合いするには引け目をを感じています」
「いえ、亮坊ちゃんが引かれたのは分かります。それでお仕事は何なさってられますの?」
「はい、スナックを経営しています」
「そうだよ愛さん、富子さんは素的なスナックのママさんだよ」
口はさんだのは、私の気持ちを愛さんに伝えたかったからだった。でも、それはやぶへびと言うことだったみたいです。
「先ほど坊ちゃんが言ってられましたけど、住まい見つけて一諸に住まれるとか?」
「いえ、まだそこまでは?」
「お分かりのようですね。亮坊ちゃんは将来お父様の跡を継がれて、会社の社長さんになられる方です。亮さんのお嫁さんはお父様が考えられると思います。ですから諸来のこと考えて今は学生の身でもありますし、そのことは含んで頂きたいのです」
「はい、それは重々承知しております。私ごとで亮さんにこの度はお世話いただきました。ご心配かけて申し訳ありません」
「いえいえ、私は女中の身です。亮坊ちゃんの母親代わりみたいなものですから、お母様にに成り代わって言っただけですから」
二人のやり取りは火花散らすやり取りに思えて、私が口挟む余地はなさそうと判断しました。
本音のところは<違うんだ僕は富子さんと一諸に暮らす>愛さんに宣言したかったのだけど、それを言えば話がこじれそうだし、富子さんが今夜ここに世話になる話がダメになったら大変と、私は口だすことを止めたのです。
今は、富子さんを安全地帯に隠して、彼の手が届かないようにすることが先決なのですから。
話は終わったとばかり愛さんが立ち上がると、富子さんは間を置かず私に告げたのです。
「亮さん女は終わりですよ。着替えてメイク落としましょう」
言われるとうなずくしかありません。
家に帰ると、元の亮に戻るしかないのです。
自分でもほれぼれする亮子さんとお別れになる、心残りであふれそうだけど目的を果たすためには耐えるしかないのです。
やり取りを聞いていた愛さんは安心した笑みを浮かべて部屋を出ていきます。
そのあと、何度も鏡見て亮子を眺めて、ため息つく私に富子さんに笑われました。
でも、富子さんは今の愛子さんとのやり取りについて言葉に出すことしませんでした。もくもくと私のメイクをふき取り亮に戻す作業を続けるのです。
本当のところ私に<一諸に住むのだね?>問われるのを恐れているようでした。私もまた聞くことをしませんでした。
私の内心は、堂々と両親に話して納得してもらってから、富子さんに一諸に住むことを告げて富子さんを安心させたいのです。
今は富子さんを安全にかくまうこと、第二段階、私の計画が終わったところなのですから。
母屋に帰る亮になった私の背に愛さんが声掛けます。
「亮さんあまり私に心配かけないでくださいね。これでも私は亮さんの母親の気持ちで居るのですから、隠し事はダメですよ。亮さんがどんな事しても私は味方なのですからね」
「ありがとう愛さん、僕も愛さんを母親みたいに思っているから、親に言えない無理なことを愛さんに頼んだのだからね。無理言ってごめんね。ありがとう」
「もうそんな嬉しいこと言って、何時も私に泣きつくのですから坊ちやんは~」
言いながらも、嬉しそうな笑みを見せる愛さんです。
冷たい言い方かもしれないけど、私をピノチオと呼ぶ母親より、愛さんを母親と思いたくなる私なのです。 <続く>
車が