(写真・女装さんです)

 

女装子が女になった ⑧

 

 家に帰っても母にも声をかけずに自分の部屋に飛び込みました。

 廊下で女中の愛さんとすれ違って、<亮坊ちゃんお食事は?>と聞かれたけど、いらないと一声だけで部屋に入るなりベットに横になったのでした。

 嬉しさに喜びの笑みを抑えることができず、家の者がいつもと違う私の様子に不審を感じて問われたら?

 きっと嬉しさのあまり、富子さんとのことをしゃべりたくなる自分を押さえられないと思ったからです。

 

 スナックで私は富子さんを守る誓いの印のように富子さんに口づけしたのです。

でも、私の意志では私にできることは多分そこまでだったのに違いありません。

 ところが私のその激情が富子さんに飛び火したのです。

 富子さんは私に抱かれることを望んだのです。

 私には初めての経験だったけれど、富子さんに誘導されて私達は一体になったのです。

 ベットに横になってその時の歓喜の体験を思い起こすと、思わず叫びそうになるのを必死に抑えたのです。

 われながらみっともないと思うのだけど、笑みがニヤニヤ笑いになっているのが自分でもわかるのです。

 仕方ないことです。

 不細工な私です。女性に愛されることなど夢の夢でしかなかったのですから。それが今、現実となって私は体験することができたのです。

 それだけではないのです。

 美人、天女のような美人に愛されたのです。

 ピノチオと私を不細工な男の見本のように呼ぶ母や、イケメン、美男子と女性にモテていることを自慢する弟の正に私の愛する美人を見せてやりたい衝動に私は駆られるのです。

 

 そして父です。力づくで父は美人の母をわがものにしました。でもそれは母の望むことではありませんでした。母は父を愛してはいませんでした。

 だが私は違うのです。

 私は富子さんに愛されたのです。

 富子さんは自分の意志で私に抱かれたのです。

 しかも私はイケメンではありません。父と変わらぬぶ男です。それなのに最高の美女に愛されたと言うことを、父や母や正に誇らしげに見せつけたい思いに駆られるのです。

 でも今はそのときではないのです。

 

 富子さんとの激情におぼれていてはいけないと、自分を戒めているのです。

 私は富子さんと約束したのですから。

 富子さんは私と情を交わすことを続ければ、必ず<内縁の夫>が私を苦しめにかかるからと、私とは一度限りのつき会いにしたいと言いました。でも私にはそれはできません。こんな素敵な美女に愛され、理想の女性と思いつめている私にとってはそんなことできるはずありません。

 たとえ9歳年上の姉さん女房でも私はともに暮らしたいのです。

 しかしそれには富子さんに憑りついている<内縁の夫>を富子さんから切り離さなければならないのです。

 富子さんは彼と手を切りたいと自分の想いを私に告げました。しかしそれ

は富子さんだけの想いでなくなったのです。富子さんを愛する私の想いにもなったのです。

 だから私は自分の想いを遂げるために、富子さんの紐<ひも>を切りたいのです。

 とはいえ、20歳台<はたちだい>の私にはそれは至難のことです。

 どうすれば富子さんの想いに答えられるか?

 私にとってそれは大きい課題でした。  

 

 ⑨ 「亮坊ちゃん奥様が食事をちゃんとしなさい、と言われたので<おにぎり>置いときますね」

 愛さんが部屋の扉を少し開けてお盆をそっと置いて行きました。

 愛さんは私の2歳の時から母の代わりに面倒見てくれている女中さんというより、母のような人なのです。母が正を生んで私の面倒見れないからと、私を愛さんに見させてから、ず~とそれが当然のようになって、愛さんが私の世話をしてくれているのです。

 多分、食事のことも母よりも、愛さんの気配りだと思うのです。

 だから、このわくわくした想いを愛さんに話したい。愛さんならいいかも?いやダメともに喜ぶより多分意見されるだろうな?

 父の後継ぎの将来の社長は、それにふさわしい女性でないとと叱るだろう。

 なぜ富子さんではダメなのか?

 私について廻る将来の社長~それは私には重荷でしかないのです。

 <その重荷から逃れるには?富子さんとともに暮らすことで叶えられるのでは?>

 その考えが浮かんだとき、私は富子さんと約束した答えを見つけたのです。



 

 次の日曜日私は富子さんとまたスナックで会ったのです。

 「1回だけのお付き合いと言ったのに、何時か彼は感ずくでしょう。私、亮さんを困らしたくないのです」

 携帯のやり取りで富子さんはためらうのに私は会う約束させたのです。

 

 スナックの何時ものボックスソフアーに座るなり、富子さんは私の手を握って訴えるのです。

 「こんなこと続けていたら、必ず彼は貴方に言いがかりつけてくるでしょう。そんなことになったらどうするつもりです。貴方の未来はなくなるのですよ」

 「僕の未来ですか?父の後を継いで社長になるということですか?いいのです。富子さんと一諸になれるなら社長などなりたくありません」

 「なんということ言うのです。私みたいなもののために社長の座を捨てるなんて、私と暮らすために貴方の未来を失わせるなんて、そんなひどいこと私にはできません」

 必死な表情で首振り続ける富子さんに、私は彼女の私への愛を確認したのです。

 「まだそんなこと言うのですか?この前に言ったでしょう。貴女を守ります。僕を信じて~と。まだ僕を信じられないのですか?」

 「信じています。でも私は亮さんが彼に苦しめられるのに耐えられないのです」

 「僕が若いからそんな心配するのですか?大丈夫です。僕を信じるのです」

 「でも、そういっても、あの人は普通の人ではないのですよ」

 言い募る富子さんの辛い言葉を続けさせることができなくなりました。私は彼女を引き寄せ、また真っ赤な妖艶なその唇に蓋をしたのです。

 

 後は情欲の赴くままに愛し合ったのです。

 終わって、少し恥ずかしい表情でほんのり頬が赤みを帯びている富子さんを見つめて<女性は終わっても、まだ余韻が残って美しいものなんだ>思うと、この人を絶対離さない。守ってみせる。と、心に誓ったのです。

 「しばらく、このままでお付き合いしてください」

 「ダメだと言っても亮さんは承知しないでしょうね?」

 「承知しないとと言うより、彼を諦めさせるためだと言ったら?」

 「どういうことですの?お付き合い続けることが彼を諦めさせることになると言うのですか?とんでもありません。彼は亮さんを脅しにかかるではありませんか?」

 「それでいいのですよ」

 「まさか?亮さん何考えているのです?彼の脅しを受けると言うことですか?止めてください、そんな恐ろしいことは」

 富子さんは信じられないという表情で私を見るのです。

 「大丈夫ですよ富子さん。彼が暴力をふるうと考えているのですか?それはないです。今迄の彼に脅された人達は言葉だけの脅しに屈服しただけですから」

 「亮さんまさか?知っているのですか?そんな~私に相手した人達を知って、それでも私と付き合いたいと?そんなこと無理です。私を辱めないで下さい」

 さすがに顔色が変わって、両手で顔覆ってうつむく富子さんに<しまった~言い過ぎた>後悔したけど手遅れです。

 「ごめん!富子さんを辱めるなんて僕は思っていません。僕の理想の女性の富子さんです。過去にどんなことがあろうと富子さんが汚されることはないのです。それを信じているから僕は富子さんと生涯ともに暮らしたいのです」

 「亮さんどうして、そんなに優しいこと言うのです。私は貴方にふさわしい女ではないのですよ。まだ若いのですから、まだまだ先が長いのです。貴方の理想の女性が必ず現れるでしょう。それまでお待ちになって、私なんかより、もっと素敵な女性を待つのです」

 顔上げて私を見つめる富子さんは嬉しさの笑み浮かべて、説得するのです。

 <何もかも私のこと知りながら、それでも愛してくれている>富子さんの笑顔は愛されることの喜びの笑顔と私に映るのでした。

 「富子さんいくら僕を説得してもダメですよ。貴女と関係して、愛してしまったのですから、説得は手遅れです。勇気だして僕とともに内縁の夫に立ち向かうのです」

 「亮さん、貴方、本当に20歳<はたち>の学生さんなの?信じられない?29歳の私が貴方について行けというのですか?」

 言いながらキラキラした目で私を見つめる富子さんは、惚れ惚れした表情を浮かべて私を見つめるのです。

 <私は本当の愛することのできる男性を見つけた>

 そんな想いをこめた表情のように私には思えるのでした。

 

 <続く>次回は来年です。良いお年をお迎えください。とくみ

<注・24年1月は編集のために23年12月に入っています>