100回

 前畑医院での住み込みの生活は、一人暮らしの寂しさから抜け出す日々を私に与えてくれるものでした。

 訪れる街の人々が大方の患者さんとはなじみになって、仕事をしながらいろんなタイプの人達と会話を楽しめます。

 休診になると買い物がてら商店街のそぞろ歩きすると、お店の人達となじみになって店先で会話をしながら買い物をするのです。

 

 これまでのマンションやアパートの、ひっそりと人気のない暮らしをしてきたこととはまるで違うにぎやかさ~華やかさを私の周りに包み込んでくれるのです。

 月を超えて医院でのそんな暮らしを経験していると、週末、静さんはご主人?の帰りが遅い時、私とルージュで一諸しているときにいわれるのです。  

 「あきさんこちらに来てから、なにか生き生きしてきたじゃない?」

 静さんにそう言われると、そうだ~と思い当たるのです。

 「静さんそうなのです。今まで一人で居ると正人さん、ミカちゃんのこと思い出してはわびしくて、涙ぐんでいました。それが今では二人に必ず会えるそう思えるようになったのですよ」

 「そうでしょうね。あきさんその気持ちがいきいきと顔の表情にでてつやつやした肌で綺麗なってきたものね」

 「ええ、そうですか?この頃正人さんの帰りが待ち遠しい。そんな気持ちになるのですよ」

 「やはりね。正人さんが必ず自分のところに帰って来ると、あきさんそう思えるようになっのね」

 「うふふ~そうでしょうか静さん。静さんもそう思いながらご主人が戻ること思って待っていたのではありません?」

 「とんでもない。私、諦めめていたのよ。だからあの人が戻って来てくれた時嬉しさより不思議に思ったぐらい。どうして今になって訪ねてきたの?そう問い詰めたのあの人に。嬉しさがこみ上げたのは、戻ってこれなかったわけを話してくれて納得できてからと思う」

 「信じるて難しいのですね」

 「そう、あきさんに私、信じて待ちなさい。言ったけど本当は難しいことなんでしょうね。でもやぱっり綺麗になったあきさん見ると、信じて待つのよ。そう言いたくなるの」

 静さんの言葉に私は心の奥底にある<正人さんはもう帰ってこないのでは>不安に包まれた想いが薄くなってくるような気がするのです。

 

  今まで正人さんが海外から帰ってくる半年先は、なかなか近づいてくることのない日々でした。

 それが前畑医院に来てからは、毎日が飛ぶように流れていくのです。

 医院の仕事は時間の制約がないのです。病院の時は時間が来れば帰ることができて、後は自分の時間ですごせたのです。

 ところが医院では受付、会計どころか経理の仕事までいっさい私がするしかないのです。

 どうもなまじ医院住み込みでいるので、帰る時間が存在しないで、思いつくことがあると夜でも受付へ10歩歩いて行って経理の仕事をやってしまうのです。

 前畑先生もまたそれを良いことに、診察が終わると彼のもとに飛んで帰ってしまうのです。

 <家賃はいらない>て、先生は言うけど、それだけの仕事しているみたいでなにか前畑先生の術中にはまった気がするのです。

 でも、一人部屋に閉じこもってくよくよする時間がなくて、朝から夜までバタバタする毎日で、なにか一日が短くなった気がするくらいです。

 

 だから待ちかねた半年はあっという間に訪れたのです。

 それからは、毎日が<今日こそ正人さんが迎えに来てくれる>その想いで過ごす毎日になったのです。

 でも~いくら期待しても正人さんは姿を見せてくれませんでした。

 なにかもんもんとした想いが私の胸の中に澱<おり>となってたまっていくのです。

 たまりかねて静さんに打ち明けたのです。

 まさか医院のなかでは看護師の森本さんも居ることですから、そんな話ができません。静さんになった先生とルージュに行っての打ち明け話です。

 

 静さんは私の訴えに心得ていますというように耳傾けます。

 でも私の話が終わると、笑み浮かべて告げるのです。

 「貴女ね、正人さんが来ないなんて嘆くけど、来ないようにしたのはあきさんじゃないの。きっと正人さん貴女の行方探して必死で探していると思ってくよくよしないで待つしかないわね」

 まるで取り付くしまのない答えです。

 言われてみるとそうかも知れません。私の意志ではないにせよ、お母様の説得に従うほかなくて私は正人さんとの繋がるものすべてを断ち切ってしまったのですから。

正人さんには私を探すための手がかりがないのです。

 

 <そうだった、私を探せなくて正人さんは私を諦めたのかも?>悪い想像が私のなかを駆け巡ります。

 もう諦めるのよ~自分に言い聞かせるしかなくなったころです。

 「あきさん今日は前畑先生として、あきさんの医院へのご苦労さんねぎらうために

コーヒーを淹れますよ」

 静さんでなく前畑先生はコーヒー淹れる支度を始めたのです。

 「そんな、先生コーヒーなら私が淹れます」

 

 慌ててキッチンに駆け寄ったら、

 「じや、あきさん冷蔵庫にケーキがあるから出してください」

 「ええ、ケーキまで買ったのですか?」

 「そうですよ。だって、医院でで頑張ってくれているあきさんのご苦労さんをねぎらうのに、コーヒーとケーキぐらいでは物足りないのは分かっているのですけどね」

 「そんなこといいです先生。そうだ先生、ケーキよりボーナス弾んで頂いたらすむことです」

 「あきさんにやられた~」爆笑する先生は珍しく男性です。

 

 水屋からケーキ皿出して、冷蔵庫開けると名の知れたケーキ屋さんのロゴのついた白い箱を取り出して開けると、いちごケーキが5つ並んでいました。

 「先生またケーキ5つも買ってきて~私、そんなにケーキ食べませんよ」

 「仕方ありません。その箱に入れると5つになるのですから」

 なにか分けの分からない返事です。

 ケーキ皿にケーキ移して、フオーク取り出して置いたときです。

 <ピンぽ~ん>呼び出しです。

 あれ、診療終わっているのに~ひょっとしたら<急患?>思って先生見たけどコーヒーの用意に夢中で知らん顔です。

 慌てて診療所に出て「はい、お待ちください。今開けます」

 声かけて、扉の鍵はずして戸を開けようとすると外から押し開けられたのです。

 「ママ来たよ。会いたかった~」

 私の胸に飛び込んできたのは、「ああ、ミカちゃん。」

 思わず私は叫び声上げたのです。

 「ママこれミカ開けてママ探したよ」

 叫ぶミカちゃん。

 振りかざした手には、私の渡した箱根の<秘密の箱>があったのです。

 <続く>