98回
翌日、前畑医院に本条さんの指示通りの8時半を待たずに私は出勤しました。
洗面所から雑巾マップ取り出して、待合室の掃除です。
患者で来る人を汚れた待合室で待ってもらうわけにはいかないのです。
「お早うさん。あれ、あきさん早くから来てご苦労さんです。さすが先生は目が高い。いい人来てもらって~」
笑顔で本条さんは私にうなずいて感心している様子です。
「お早うございます。本条さん今日はよろしくお願いします」
「はいはい承知しました。でも考えたら多分私が教える必要ないような気がしますよ。相原さんは大きな病院で若いのに主任だったのですて~?教えるより引継ぎでいいでしょう」本条さんもう私のこと女装以外のことも知っているようです。
「そんなことありませんよ本条さん。病院とここの医院とは違うと言うこと昨日前畑先生からうかがって、勉強のやり直しだとおもっています。」
「大丈夫貴女ならやっていけます。これなら私早く帰れそうだわ。そうそう9時前になったら患者さん来ますので、早めに医院の戸を開放するのです」
しゃべっているあいだに戸が開いて、30過ぎぐらいの女性が入ってきて~
「お早うございます」言ってから私に目を止めます。
「看護師の森本さんよ」
本条さんが耳元でささやいたので、ご挨拶しました。
「まあ、若くて可愛いひと~。本条さんここも明るくなるわよ」
「そうでしょうね。私じゃ暗かったみたいですから」
「違いますよ。本条さんはここの主ですから、居なくなって困ると思っていたからですよ」
慌てて言葉打ち消して、森本さんは診察室に飛び込んでいきます。
なにかこの医院は働きやすい感じがします。
9時に近くなると医院の扉の外が話声でにぎやかです。
「本条さんもう患者さんが待っているようです」
「そうね、お年寄りを外で立たしているのは悪いから、時間まだだけど入ってもらいましょう」
言われて医院の戸を開けます。
ぞろぞろとお年寄りが入ってきます。5人の内4人が女性です。しゃべりながら入ってきたのが、一人が私に気が付くと声上げたので、皆さんに一斉に見つめられたのです。
「あれ、娘さんここの人?」
「綺麗な子やな|
「先生の娘さんかな?」
「まさか先生まだ若い、それに先生は独身やで~」
お年寄り達は私を見上げ、口々に言いながら待合室の椅子に腰かけていきます。
私は笑顔で出迎えます。
私が本条さんと並んで受付に立つと早速質問が飛び出します。
「本条はん、この娘さんあんたと仕事するひとかいな」
「そうですよ。私の代わりにこのひと相原さんが私の代わりに受付しますのでよろしく」
「お早うございます。相原と言います。今日から医院の受付しますのでよろしくお願いします」
頭を下げて挨拶すると、一斉によろしくお願いしますの声があがります。
「私の代わりて、本条はんここ辞めるんか?」
「お休み頂くのです。実は娘に子供が生まれますねん。それで私が見てやらないといけませんのでお休みです。」
「それじゃ、あんたもおばあさんになるのか」
「そうですよ。孫ができるのですよ。私もとうとうおばあさんです」
「そうか、本条さんもここに来たときは若いと思ったのにとうとうおばあさんになったか。そらめでたい。わてらと一諸になるんやね」
わっと一斉に笑い声が上がります。本条さんも同じように隣で笑っているのをよそに~
患者さん達のお喋り聞きながら私は予約順に患者さんの名を呼んで、受付してカルテを出していきます。
「診察始まります」
奥から出てきた看護師の森本さんが告げると、本条さんは私が揃えたカルテを看護師さんに渡します。
「はい〇〇さん診察ですよ」
本条さんが声かけると「はいよ~」おばあちやんが答えて看護師さんの後に続きます。
またおしゃべりが始まった患者さん達を見ていて、診察だけではなしに医院が談話室?サロンになっているようです。
それが診察終わったおばあちゃんが、私の会計を済ませると、帰らずにまたソフアーに腰掛けてお喋りの輪に入るのですから。
そして三人の患者さんの診察に入った時です。扉が開いて年配の男性が入ってきたのですが、腰を抑えて前かがみになって足元がおぼつかないのです。
「本条~また腰痛いや~、先生に腰に注射打ってもらいに来た。すぐ頼むで」
手を振って診察室に入ってきて、空いているソフアーに腰掛けずに中腰の姿勢でソフアーの背もたれに手で支えているのです。
「痛そうやな~辛抱して少し待っていてくれる」
「本条、長い付き合いやないか、先に診察してくれ~」
「悪いけど先着順やから待ってくれる」
「そんな冷たいこと言うな~痛いのにこのままで居れと言うのか」
言葉がきつくなって返ってきます。
「本条さん診察室に抱えて先生のところに案内しましょうか?」
見かねて本条さんに問います。
「いいの特別扱いはしないルールなのよ」
言われて気が付きます。
そうなんだ、面接のとき前畑先生から医院での心がけ言われたけど、これもそうなのだと分かります。
「わかりましたよ。辛そうだから椅子では無理だから診察室の前のベットで横になっていらっしゃい」
本所さんはなだめるように言うと、患者さんの腕を抱えて支えると奥に消えます。
「娘さんええと<あい>なんとか~」
「相原さんだよ」
「そう相原さん本条さん見習うのだよ。ここの受付になるのだからね」
「はい、心がけます。気が付いたことあったらぴしぴし言ってください」
「それそれ~若いのにしっかりしている」
「見込みあるやないか」
「そうや相原さんの後釜になれる」
これはまた病院での患者さんとは違う。でもなにか親近感感じさせる人達です。
緊張した時間だけど疲れを感じさせない、充実した医院の一日でした。アパートに帰ってきて夜遅くまで転居のための荷づくりに追われました。
土曜日にはすべての身の回りを片付けて、あくる日には、前畑先生、いえ静さんの住む場所、素敵で豪華な部屋に移り住むのです。
はたして正人さんは私のすむ医院を探り当てて迎えに来てくれるのか?
心配は不安になって気持ちの中にあるけど、でも待つしかない~そう自分に言い聞かせて、静さんに言われた<信じて待つのよ>その言葉を胸の内で繰り返します。
でも、寝床に入って眠気の来るのを待っていると、ミカちゃんの<ママ~>という呼び声が聞こえてくるのです。 <続く>