96回

 私が勤めていた病院で、私が先輩押しのけて主任に抜擢されたときです。事務長に言われたのです。

 「患者様のクレームが最初に来るのは受付窓口です。医師の先生方にクレームが行かないようにするのが、会計窓口の別の仕事だと思っていて下さい。医療の専門的な場合は、先生でなく、各科の受付看護師に連絡してください」

 改めて事務長に言われるまでもなく、会計事務していた時後ろの席で座っていた主任の応対を見てますから、私も心得ていました。

 

 それなのに静さん?いえ、前畑先生はまるで反対のこと言われるのですから驚きました。

 「先生、そんなことでは診療に差し支えませんか?先生がクレーム応対に振り回されるのでありません?」

 「それがね前畑さん逆なのですよ。クレームは減りました。私の医院では無茶なクレームを振り回す患者さんはいないと、私が信じているからでしょうね」

 「そんな先生、私の居た病院ではそんなことあり得ないことでした。どうしてなのでしょうか?」

 「スタップの皆さんが別に私を助けるということではなく、私と同じような気持ちで応対しているからではないでしょうか?」

 「するとここでお仕事さして頂くなら、私もそう心得て応対しなければなりませんね。でも先生私、病院では逆のこと教えられてきました。どうしたらいいでしょうか?」

 「ここは商店街の庶民の街と言ってもいいでしょう。だからこそ上からものを言わないようにしているのです。対等の会話をしているのです。するとお医者イコール先生でなく、気安い会話になってなんでも話し合える関係が生ずるのです」

 「それって、先生診察に役立ちますね」

 「相原さん理解がいいです。そうです。それは私と患者さんの関係だけでなくて、スタップ全員で共有して欲しいのです」

 「わかりました。スタップ全員で共有することで、どんな心得が必要ですの?」

 なにか今までにない素敵なことを前畑先生に教えられているようです。

 

   「患者さんの話しを聞くときは高齢者などにはありがちですが、どうしても主観が入ります。だから話のなかから事実を把握することをつとめてください。そのうえで丁寧に説明することです。

 併せて、その場限りで終わるのでなく、正確な記録として、でも、ながながでなくて簡潔に書いて残してください。そうすればスタップ間での共有ができます」

 「わかりました先生、それを積み重ねて行けばその患者さんのことが、記録で残されて、よくわかって理解できるのですね」

 「その通りです。当然クレームの内容もスタップ全員で共有できて、だれが応対しても違った応対しなくてすみます。」

 病院では医師のイメージはこんなもの?と勝手に思い込んでいたのが違うことが分かって恥ずかしくなります。

 前畑先生の話を聞くうちに、私の今までの経験を修正しなくては~と思うのです。

そういえば、病院の事務長さんこの話聞いたらどう思うだろうか?

 ふとそんなこと思い浮かべたのです。でもね~

 <そんなこと理想論だよ、現実はそんなに甘いもんじゃないよ。病院でそんなことしたら仕事が麻痺するよ>

 <各人の責任で処理することだ>

 とまあ、そんな具合かな~

 「でも先生気になります。私は医療事務で患者さんと接するのは受付と会計だけで

すから、そんなに患者さんとやり取りすることはありますの?」

 「そこが相原さん病院と違うところだと思いますよ。この待合室で患者さんが診察まちするあいだ、看護師の森本さんは診察室で私のそばにいますから、貴女が患者の応対することになります。

 どうも私の診察時間は長いようで、待つ時間長いから患者は貴女相手に時間つぶしするでしょうね」

 「そんな~いきなり私窓口に座って応対するのですか?」

 「大丈夫~貴女ならできます。」

 断言して笑顔になる前畑先生です。その笑顔はやっぱり静さんの笑顔です。

 「じやこれで面接は終わりです。相原さん。明日から窓口で頑張ってください」

 「ありがとうございます先生。よろしくお願いします」

 「はいはい、あきさん良かったら奥でお茶でも付き合ってくれますか?」

 「ありがとうございます」

 頭下げてソフアーから立ち上がったら、もう先生は廊下に進んでいるので、慌てて後を追います。

 

 診察室を過ぎると隣接してまだ部屋があるのです。

 先生の後から入ると、こじんまりしたキッチンです。流しがあり、食卓テーブルがあって、冷蔵庫に並んで食器棚一式があって、コーヒーメーカーや炊飯器が収まっています。

 扉があってまだ続きの部屋があるようなのです。

 

 「先生ここで住んでられるのですか?」

 「そうですよ。これまではね。」

 これまで?どういうこと?

 「私隣の部屋で着替えしますから、あきさんはコーヒーメーカーでコーヒ淹れてく

れます?」

 「はいいいですよ。」

 隣の部屋に入っていく静さんの背中を見送ると、扉を半分しか閉めないでいる静さんに、なにか見ても良いよという合図のように思えて、部屋に目を走らせてしまいます。

 <広い~>12畳もある広さに広く絨毯が敷きつめられ、高級そうな洋箪笥、そして

桐の和箪笥?横にはドレッサー、家具屋さんに鏡台買いにいって、展示品でほれぼれして見た化粧台です。

 猫足の三面鏡の真っ白な塗り~見えないけど寝台も素敵なんだろうと思ってしまいます。

 社宅の豪華で大きなダブルベットを思い出します。

 正人さん~とのこと思い出して、かっ~と体が熱くなるのです。

 カラン~音をたてるミカちゃんにあげた箱根の秘密箱、化粧台の引き出しから出して<ママに会いたかったら、この箱開けなさい>告げたことがよみがえるのです。

 

 「あきさんブレンドコーヒーは炊飯器の下の開き開けたらあるからね」

 「はいわかりました。」

 部屋の中からの静さんに言われて、慌ててコーヒーメーカーだしてコーヒーを淹れる準備です。

 そしてコーヒが香ばしい良い匂いを醸し出したとき、隣の部屋から静さんが現れたのです。

 そこには白衣のお医者さんとは、まるで違った静さんの女装姿でした。;

 <続く>