87回
結局、一番急がなければならない、勤め先も住まいもなんのめども立つこともなしに社宅に帰ってきてしまいました。
お母様が来られるまでに転居しなければ~
思いはあってもめどが立たないのですけど、とにかく社宅を出ていくことを優先することに決めました。
場所さえこだわらなければ、住むところは見つかるはずです。しばらく浪人生活を余儀なくさせられるけど、お母様に頂いたお金で住宅の権利金払っても、食べることには困りません。
時間かけて就職先を探せばいい~と考えました。
そう割り切ること決めると気持ちも楽になって、持っていく荷物の整理にかかったのです。
でも、やってみて自分でも驚いたものです。
主に衣装の整理にかかったのだけど、男物の服などの少ないこと下着は別として
季節ごとに各2着?
でも考えてみたら、病院に勤める道中の往復しか男性服着てなかったのですから、
病院では制服に着替えていたし~。
それに対して女性の衣装の多いこと
下着は山のよう。
ドレス、ワンピース、ストッキング、冬物衣装、そして何足ものスニーカーに靴とよくぞこれだけ揃えたものと我ながら感心してしまいます。
でも分類したけど大きなゴミ袋に詰め込んだのです。
大きなバックと旅行用のキャリーに押し込みました。
さあ、この山のような女性の身の回りの数々~どこに処理するのか?
ゴミに処分するには、あまりにも惜しくて考えた末、メイクの先生のスタジオの衣装部屋に寄付して女装さん達に使ってもらうことにしたのです。
さすがに男で行けないから、メイクして女装姿になったのです。
それにしても大きなバックにキャリー引っ張って電車に乗り降りするのは大変でしたけど、何時までも心残りで女衣装抱えてうじうじしたくないので、スタジオに運んだのです。
玄関の板の間に荷物を置くと階段を上がって2階に上がります。
カーテン開いてメイク室に這入ると、お客さん相手にメイクの先生は説明されています。
「メイクは手抜きできないの、男が表にでてきますからね。それにメイクは最初ではなく、下準備、スキンケアをしっかりおこなうのがメイクを綺麗に仕上げる第一歩なのです。洗顔~汗や皮脂、ほこりなどの汚れをきちんと落として清潔にする。そこから化粧水、乳液でしっとりした肌をつくる。
メイクはそこから始まるのです」
「なるほど、そういうことですか、お湯で顔洗ってクリーム付けたらそれでいいと思っていました」
「ああ、まだお髭が残っていますね。これは初めのはじめ~シェーバーでお髭の根がを残さないようにね、してく下さい」
言いながらころころ笑う先生につられて笑うその人は、初めての女装志願の50歳ぐらいのおじさんだと分かります。
真っ黒なキャミソールにガーターストッキング、そこは女装だけど、首から上は男性のままでなんとも奇妙な感じなのです。
多分これからメイクしてもらうのでしょう。
邪魔してはいけないので立っていると、<おじさん女装さん>が私を見て目を大きく開いたのです。
「おや?綺麗な娘さんだ。先生、娘さんも来られるのですか?」
「いいえ、このひと女装さんですよ」
笑い声あげる先生に私も笑ってしまいます。最後の女装で来たというのに、女性と間違えられるなんて~なにか複雑な気分です。
「ええ~この娘さんが女装さん?男の人とは絶対信じられない」
女装おじさんが首振るのに、先生が笑うと私もつられて笑ってしまいます。
でも、笑いながら先生に<女装辞めます。男になります>言えるだろうか?心配になるのです。
「あきさんどうしたの?珍しいじやないの、来るなんて」
「ええお願いがあって。女の服を引き取って欲しくて持ってきたのですけど」
「服を引き取って欲しい?」
不審な顔つきした先生ですけど、うなずいたのです。
「いいわ、下に降りましょう」
私に答えると、化粧台の電源に差し込んで充電していたシェーバーを抜くと<おじさん女装さん>に渡したのです。
「ごめんなさいね。この娘と話があるので、これでお髭丁寧に剃っていてくださいね」
告げると先生は私にうなずいて階段に向かったのです。
階段を降りて大きな二つの荷物が板の間にあるのを見て、先生は私を見てびっくりしたように声上げます。
「あきさんこれなに~大きな荷物を、これ服だと言うの?」
「すみません。もう不要になった女の服なのです。それで皆さんに着ていただけたらと思って、引き取って欲しいのです」
バックのフアスナー引いて開け、キャリーを開けてぎっしり詰まった婦人服見せます。
「引き取るて~あきさん女性の服をこんなに持ち込んで、これ着ないから不要だと言うの?」
けげんな表情見せる先生に問われると、追い詰められ思い切ったのです。
「私、女装辞めますの~」
「はあ?女装辞めるて~貴女奥さんに迎えられて幸せでいると聞いたけど、どうしたというの?」
驚く先生に、ことのいきさつすべてを話すことになったのです。
でも話している間にだんだん悲しさがこみ上がってくるのです。
「フレンドさん達皆は<希望の星>と祝福してくれたのに、私、みんなの期待裏切ったのです。先生、やっぱり女装子は奥さんにはなれないのでしょうか?」
言い終わったとき、涙がぽろぽろ落ちてきて止まらないのです。
うなずきながら聞いていた先生は私の訴えに首振ったのです。
「あきさんそこまで思いつめなくてもいいと思いますよ」
笑顔を見せて私の背をさする先生です。
<どうして?私は追い詰められて逃げるしかないのに>不審さをこめて先生に涙目で見つめます。
「正人さんという方を助けるために貴女が社宅を出ることは仕方ないと思いますよ。でもね~正人さんの奥さん止めることはないでしょう。まあ、お姑さんに泣きつかれたら、若いお嫁の貴女が従うしかないのは分からないではないけどね。でも私に言わせると、お姑さんは子供である正人さんやお孫さんを守るために思いつめているのじゃない?なにもそこまで貴女を追い詰めることしなくてもいいと思うの。考えてごらんなさい。いくら貴女が正人さんと結婚したと言っても、戸籍には認められないのでしょう。社宅の奥さん達や会社の人達には、貴女が正人さんと同居していることで噂のタネにしているだけじゃないのかしら。それなら社宅を出て貴女の姿が見えないようにすればいいのじゃない。
お姑さんはお年で昔の方だから、ま正直にしか考えられないのね。あきさんこの話はお姑さんの問題ではないのよ。貴女と正人さんとの問題として相談すればいいのじゃない?」
<会社の人に私の姿が見えないようにする~>先生の言葉にいっぺんに目が覚めたのです。
「先生、私、正人さんの帰るのを待ちます」
告げたのでした。
<続く>