83回
お母様の言葉がしっくりしません。
私が実は男で、女装子だと、それはそれでお母様にはショックには違いないけど、でもそれが一気にお母様を駆り立てて、正人さんと別れて欲しい~そんな短絡なお母様であるはずないのですから~。
疑問が解けないのですから、この場合黙ってお母様の言葉を待つしかないのです。
視線をお母様に向けて黙ったままの私に、お母様も気づいたようです。
お母さまの構えていた体が崩れて、緊張がほぐれてくるのが見ていてわかりました。
「あきさん驚かしてごめんなさい。私はあきさんを正人さんの嫁として気に入っています。それに他人の貴女にミカが本当の母親として懐いているのを見て、年寄りが家族として出る幕は必要ないと安堵の気持ちで居ました。
それは今も変わってはいません。それは~信じてください。
たとい、あきさんが女でなく男さんと知った今でもです。」
矢張り~お母様の最後の言葉は覚悟をしていたことです。でも、お母様の口から出ると短剣が胸に刺さるような痛みを感じてしまいます。
「申し訳ありませんお母様。ほんとは最初にお母様に打ち明けるべきでした。でも怖くて言えませんでした。それで正人さんの助けを借りてお母様に打ち明けることにしたのです。すみません、確かに私は男です。でもほんとの私は女なのです。それだけは理解してください」
胸に溜まっていたものを一気に吐き出すとき、お母様の言われた言葉とは裏はらの答えなのも気が付いていません。
それより話しているうちに涙が一気にあふれてきて、止めることができないのです。
次の言うべき言葉を持っているのに、言葉がでなくて代わりに嗚咽が喉元をせりあがるのです。
でも言わなければならないのです。お母様にカミングアウトするとき訴えなければならないことを。
何度も息を注いで自分を取り戻すことを努力しました。
「あきさん、大丈夫?」
お母様の気使う言葉をかけらえれて、言葉がでたのです。
「正人さんと結婚できるなんて私思いもしませんでした。でもミカちゃんにママとすがられたとき、ミカちゃんのママになりたい~思いました。正人とは素敵な男さんと好きになりましたけど、正人さんは普通の男性で私になど興味持ってもらうのはあり得ないと思っていたのです。だから正人さんが私を好きになってくれたことは、女として、私を好きになってくれていると思っていました。
だから辛くても早く私が女装子と呼ばれる男と伝えなければ~正人さんを傷つけることになる。思っていました。でも言えないのです。言ったときの正人さんがどんな態度をとるか?それが怖くてどうしても白状できません。
ためらいしているうちに、正人さんに告白されてしまったのです。嬉しかった~あり得ない奇跡が起きたとおもいました。すぐに正人さんに応えようと思いました。でも無理だと気が付きました。応えるまえに私はカミングアウトしないと正人さんをだますことになるからです。
でも勇気がありませんでした。言えないのです。どうしても告白できません。いくら好きでも正人さんを愛してはならないと自分に言い聞かせるしかありませんでした。
そんなうじうじする私に正人さんは一諸に住もう~と。
言いにくいことは言わなくてもいいからと~
でもお母様、正人さんは知っていたのです。私が女装子だということを、知っていて私と一諸に住もうと言ってくれたのです。
だから私が男と知って結婚した正人さんなのです。知ったうえで私を愛してくれているのです。
お願いですお母様私達を認めてください。許してください」
うなずきながら黙って私の話を聞くお母様でしたが、答えてくれません。
そっと私の両手を包み込むように手を握ってこられたのです。
じ~と私の目を見つめて、次の言葉を待ち受ける私に少し沈黙を守ってからお母様は口を開いたのです。
「違うのあきさん。さっきも言ったでしょう。私は貴女が気にいっています。好きなの。嫁として、母親としてだけではないの、女どうしとしてもよ。それでも私は貴女に<正人さんと別れて~ミカからママを取り上げる>というしかないの」
「そんな~わかりません。一体どういうことなのか?教えてください」
もうお母様相手だということを忘れていました。こんな無体な~残酷な言い分はありません。詰め寄って説明を求めるしかないのです。
「ごめんね、あきさん。わかっているの。ほんとは先に話せばわかることなのに言えなかった。あまりにもひどい話で貴女が可哀そうで言えなかったの」
お母様が私の手をにぎしめながらの話を始めたのに、やっぱり~と思い当たったのです。
お母様の意志の話ではなかったのだ。別の理由のことからの話をされていたのだと気づきました。
「白状します。社宅の奥さん達に聞かされたのです。隣の奥さんや他の奥さん達からです。貴女が男だと会社中に知れ渡っていると~正人さんが男と結婚したと興味の対象にされていると~。いいえそれだけではないの、正人さんの会社での立場があやふくなっていることも聞かされました。
本来なら海外赴任から帰れば本社に栄転になると言われていたのが、これで帳消しになるだろうと~あまりにも貴女との噂が広がって会社も捨てておけなくなったようだと~」
「お母様そんなひどいこと~ひどすぎます。正人さんには私ごとの話なのにどうして会社がかかわってくるのです。奥さん達の話は私への興味からでしょう」
煮え立つ腹立たしが湧きあがってきます。
「そうなのあきさん。私も情けなさを通り越して怒りで震えました。正人さんには過ぎた嫁なのに、どうして悪しざまにいわれなくてはならないのか?私が気にいっている嫁です。だから私が悪しざまに言われている気持ちになったの~」
「お母様嬉しいです。私が男と知っても、そんなに言ってくださるなんて、私どんな評判立てられようと耐えます」
そうです。私には正人さん、お母様が付いていてくれるのです。私を守ってくれるのです。
私の決意を知ってもらおうとお母様をきっと見つめました。
なのに~お母様はうなだれて顔をあげてくれません。
私とお母様の間に真が広がります。
「お母様まだなにか?」
気がかかりになって後の言葉を促したのです。
「ごめんなさい、あきさん。まだ後の話があるの~」
言いながら顔をあげたお母様の表情は、見ただけでも苦悩に満ちているのが分かりました。
「正人さんが貴女とのことで、会社での栄転がなくなってもそれは正人さんが自分で選んだ道です。どうするかは正人さんが決めるでしょう。でもあきさんそれだけでは済まなくなったの、多分会社は噂があまりにも広がり過ぎて正人さんを外地から呼び戻すことしないだろうというのです。
外地に置き去りされるのです。ミカと住むこともできないのです。
だからお願い、正人さんを救ってやって~正人さんから離れてやって~お願い~」
畳に頭をつけてお母様は縋りつくように訴えるのです。
今度こそガン!と打撃に私は打ちのめされました。
「そんなひどいこと~」
口走ってもどうい言えばいいのか?正人さんと別れるなんてそんなことできない。
その想いだけが私を縛ります。
どうしたらいいのか?答えが出ないで、私はあがくことしかできないでいました。
<続く>