80回
大急ぎで活けのアジを焼き、昆布のだしで湯豆腐を作り、ほうれん草のおしたしに花かつををかけて、卵を散らしたすましを作ると終わりです。
それでも炊飯器のご飯ができる時間はかかっているのです。
「ママお手伝いするよ」
ミカちゃんが椅子を寄せて上がると、キッチン戸棚から食器類を出して食卓に並べるのです。
何時もしていることなので、慣れたものです。
ちらと横目を走らしたら、お母様は椅子に座ってそんな孫の様子を、いつものようににこやかな笑み浮かべて見守ってられたのでほっとしたのです。
湯豆腐は鍋で火に載せて食べるのはミカちゃんには熱いので、ガラス食器に切り分けました。
アジは一匹づつ魚皿に載せるとミカちゃんが受け取って食卓に運びます。
お盆に湯豆腐とおしたしの器<うつわ>を載せると、ミカちゃんが受け取ろうとするのです。
「危ないからダメよ」
「大丈夫だよママ、任しとき~」
笑み浮かべてミカちゃんが応えると、任すしかないのです。
お盆を掲げて食卓に運んでいくミカちゃんに、お母様が腰上げて受け取ろうとするのも首振ると食卓にお盆を載せるミカちゃんに、<今日はミカちゃん凄く張り切っている>と私は笑みが自然と浮かぶのです。
卵すましと炊飯器は私が運んで、ミカちゃんが並べた茶碗にご飯をよそいます。
「頂きます」
三人が揃って手を合わしてから食事を始めます。
ミカちゃんは私が見守るなか、ご飯を少し口に入れ、湯豆腐と白菜をを匙ですくってポン酢に浸して食べます。アジの身を剝がすのに手間取っているので、私が切り分けてあげます。
ご飯を口に入れて、お吸い物を含むさまを見ていると、この子はいつのまにかすっかり食事のさまが板についてきた。お母様の手前だけに私も嬉しくなるのです。
お母様は?と視線走らせると、矢張り~孫が可愛くてならない~嬉しさが笑みに出ているのです。
「あきさんこのアジ美味しい。田舎ではこんな魚食べられないのよ」
「おばあちやんそのお魚泳いでいたのを、魚屋のおじさんが網ですくってくれたアジなんだよ」
「道理で、美味しいはずだね。あきさん気張ってくれたのね」
「いいえ、スーパーの魚にはお母様に食べて頂く魚ではなかったのです」
酢醤油でアジを食べるお母様はホントに美味しそうに見えて、良かった~と思います。
「でもお母様田舎の家は漁港の近くではありませんでした?」
「そうなのよ。ところが水揚げされた魚はそのまま阪神間に送られてしまって、地元の口には入らないの。多分料亭にでも行くのでしょうね」
そんな会話交わしながら、矢張り食事は一人より二人、そして今日のように三人と楽しいものになっていくのだと思いながら、でも、ここに正人さんが居てくれたらもっと楽しい、家族団らんの食事になるのに~思ってしまいます。
食事が終わって、お茶を飲んでいると、お母様が嬉しそうにミカちゃんに声かけたのです。
「ミカちゃんご飯のおかずも綺麗に全部食べてえらいね」
「そうですよお母様、ご飯もお変わりして~」
「だっておばあちゃん、お料理は出された料理を全部残さずたべてあげるのが、料理を作った人へのお礼になるんだと、おばあちゃん教えてくれたもの」
「ミカちやん偉い。ちゃんとおばあちゃんの言ったこと覚えてくれていたんだね」
「お母様、ミカちゃん私にもそのこと教えてくれたのですよ」
「あきさんありがとう。貴女のおかげです」
「いいえ、お母様のしっけがあったからです」
なにかいい雰囲気になって気持ちが落ち着きます。
「ママ、テレビ見てくるね」
「はいはい~」
「お母様ゆっくり部屋で休んでください。私、洗い物しますから」
「いいえあきさん、私も一諸にお手伝いします」
やり取りして結局二人で食卓の食器を台所のカウンターに運んで、並んで洗い物したのは、この台所カウンターは広いのです。
「あきさん相談なのだけど、明日私帰ります。それでミカも一諸に連れて帰りたいの」
「ええ、お母様大丈夫ですよ。ミカちゃんはあのように自分でなんでもできるようになって、世話かけることはないのですから」
「確かにそうです。でもあきさん。私がミカと一諸に住みたいからと言ってのことではないのです。ミカは貴女と住んで幸せなのは確かです。でもね~それがミカにとっていいものか?私は考えてしまうのです。
じつはミカが私と住んでいるとき、近所の子供さんと仲良く遊んでいたのです。それは楽しそうにね。友達も大勢いました。
あきさんに分かって欲しいのは、子供同士の遊びは大人になった時に役に立つものなのです。子供どうしの遊びのなかのルールが、大人になった時に人とひとのつながりを作るのに役に立つことになるの。それがないと大人になった時人とのつながりが持てず、社会から孤立した一人ぽっちの人間になるのよ。今、ミカにはそのための訓練が必要と思うのよ。これからミカに大事にされて甘えるだけでなく、厳しさに耐える訓練を身につけさせたいの。
大人になった時のためにね。だからお願い少しの間でいいから私にミカをあずけさせて」
「言われることは私も分かります。でもお母様、私もそのことは考えて良いママになる覚悟でいます。今では私とミカちゃんはホントの親子のようにつながっているのです。だからお願いです。私に任せてください」
「あきさんがミカと本当の親子のようになっているのは見ていて私も分かります。でもあきさんお願い、先の短い年寄りの、正人の親の一度だけの頼みを聞いてください」
なぜこうまでお母様は必死になつて言うのか、後には引けない~その一念に固まっているようなのです。
絶対ミカちゃんは離せない~私の想いには変わりはありません、でも、お母様の正人の親として、老い先短い年寄りの一度だけの頼みをと~そう迫られると嫌とは言えなくなってしまうのです。
辛いことです。ミカちゃんの実の母なら、それでもウンとは言わないと思うのです。でも、女装子のママでは、ウンと言うしかないあまりにも辛い立場でしかないのです。
でもなぜなの?こうまでお母様をかり立てたるものは?疑念が湧いてくるけど解けないのです。
「わかりました。ミカちゃんには良く聞かせましょうお母様」
返事するよりありませんでした。
私の辛い返事にもかかわらず、お母様はにこにこして、テレビの前のミカちゃんに声かけたのです。
「ミカちゃん今日はママと一諸にお風呂入りなさい。それと寝るときはママと一諸に寝るのよ」
私もそうだけど、声掛けられてテレビから振り返ったミカちゃんはびっくりした表情でお母様を見つめ、そして私を見つめたのは<いいの?>という、うなづきです。
でもすごく嬉しそうな顔つきになったミカちゃんを見て、私もうなずき返したのです。
それはミカちゃんと離れることになった私への、お母様のせめてもの心使いと気が付いたのです。
ミカちゃんとお風呂に一諸に入ることになって、私も慌てました。最近ではミカちゃんもしっかりしてきて、お風呂も一人で入るようになったのです。
それが一諸に入るとなると私も用意がいるのです。
洋タンスかき回してタックを探すことになったからです。
お風呂場でミカちゃんは嬉しさにきゃきゃ~言いながら、湯船のなかで私の膝に腰掛けるのです。
そしてまた前の時のように小さな盛り上がりしかない私の乳房をいじるのでした。
<続く>