78回

 「ママ~パパが電話に出てと言っているよ」

 それがベランダで洗濯物を取り入れしていると、ミカちゃんの呼び声が飛び込んできたのです。

 「パパが~行きますよ」

 取り入れた洗濯物を畳むのもしないで、籠にほり込んで電話のあるキッチンに駆け寄ります。

 「…天気良かったら、ママと公園行くの。ママは本読んで、私はお友達とブランコするの。こないだ男の子がママの悪口言ったから泣かしてやったの。それがねパパ膝小僧擦りむいたぐらいで泣くのよ。でもママは怒らなかったよ、ミカと一緒に男の子の家に行ってゴメンねと謝ったから、ママが褒めてくれた・・」

 「ミカ偉いよ。ママを守ってくれているんだ」

 正人さんの声が受話器から漏れて聞こえます。

 楽しそうな父と娘の会話に私も嬉しくなって、受話器を耳にあてているミカちゃんの耳元に口寄せます。

 「正人さんミカちゃんと楽しく暮らしてますよ~」

 「ああ、あきさん~ミカ、ママと変わって~」

 ミカちゃんの差し出した受話機を耳に当てると~

 「正人さん日本の食事しています?体の調子大丈夫ですか?」

 「会社の寮に居るおかげで、日本の食事食べさしてもらっているから安心して」

 「良かった~それでお休みの時はどうしていますの?息抜きできていますの?」

 <息抜き>私の気になるのはそのことです。

  <私が居ないのだから、どうしているのか?>矢張り気になるのです。

 「休みの時は寮の若い社員と観光したり、飲みに行ったりと~まあ飲む方が多いかな~」

 「水が違うのですから、外に出たら気を付けてくださいね」

 ほんとは<異国の女性に気を付けてください>言いたかったのだけど、ミカちやんがそばにいるのですから、言えません。

 「気をつけているから大丈夫心配しないで。それよりあきさん君の方が心配なんだよ。ミカが社宅の奥さん達にいじめられて泣いていたと言っているんだけど、何があった?そのほうが心配だけど」

 「ミカちゃんそんなこと言ったのですか?違うのです。私、ミカちゃんより弱虫みたい。正人さん恋しくて泣いていたのですよ」

  ほんとのことを言えるはずありません。言ったところで外国に居る正人さんにはどうすることもできないし~。心配させるだけだから、そんな返事するしかないのです。

 「それはそれは~たしかにミカよりあきさん弱虫だ。でもほんというと僕も恋しくて寝るとき君の写真にキッスしているからね」

 「もうミカちゃん居るのですよ。でも、私も今夜からそうします」

 ちら~と横に目走らしたら、ミカちゃんたら、ニヤニヤ笑み浮かべているのです。私達の会話の意味わかっているのでしょうか?

 「じゃこうしょう。母に気晴らしに来てもらうことにしょう。姑に家事の勉強習うのも丁度いいでしょう」

 笑い声あがって、また電話するよ~言って終わりました。

 しかしお母様に来てもらうとのはなしに、私は瞬間どきりとしたのです。正人さんは私のためを思ってのこととわかっています。

 でも~お母様が社宅の奥さん達から私のこと教えられたら~。

 私は、まだお母様にカミングアウトしていないというのにです。

 また、心配の種が増えてきました。

 

 気になりながらも、ミカちゃんと洗濯したり、夏のものから秋のものに出し入れしたり、と結構忙しい日が過ぎていきます。この日も、正人さんの夏の背広を手洗いするか?クリーニングに出そうか?思案しているときにブザーが鳴って~

 ミカちゃんが<私が出る>と玄関に飛び出して、誰だろう?と思って立ち上がったらミカちゃんの手を引いてお母様が入ってきたのです。

 「まあ、お母様お迎えもしなくてごめんなさい。」

 「いいのよ、あきさんも元気そうで良かった。私のほうこそいきなり訪ねてきてごめんなさい。ミカの面倒見てくれてありがとうございます。正人も喜んでいましたものね。半年の留守は辛いだろうけど辛抱してくださいね」

 笑顔で矢継ぎ早の言葉に、私は言葉を返せません。

 椅子に座ったお母様にお茶をすすめていると、ミカちゃんが荷物を引きずるように持ってきます。

 「ああ、それミカちゃんお土産ですよ。開けてごらん」

 「ありがとう、おばあちゃん。開けるね」

 ミカちやんがバックのジッパーを引くと、幾つもの細長い箱が出てきました。店の名前が印刷した包みがあって、同じ商品のようです。

 「ミカちゃん一つだけ箱を開けるのよ」

 「うん分かったママ」

 ミカちゃんが箱の包みを破ると<小男鹿(さおしか)>の活字が~

 「徳島の名産のお菓子ですよ」

 「ああ私、知っていますお母様。徳島の方から頂いたことあります。ミカちゃん美味しいのよ。頂きましょう」

 桃色のふっくらした点々と小豆の黒が混じった小男鹿を切り分けて、小皿に載せて、小さいフオークを付けてテーブルに並べます。

 「それで、あきさん社宅の奥さん達と何があったの?」

 ミカちゃんが小男鹿を口いっぱいに頬ばって夢中で居るのを見て、お母様がお茶を一口飲むと、突然私に問いかけたのです。

 小男鹿をホークに突き刺して口に運ぼうとしたとき、お母様の問いに私は思わず息が止まって、フオークの手が止まったのです。

 矢張り、正人さんは心配してお母様に私の様子を頼んだみたいです。

 「いいえお母様大したことではないのです。フロアーで奥さん達が話されていた時通りかかったら、どなたかがミカちゃんをからかったので、止めてくださいて、ついどなるように言ってしまって~私まだまだミカちゃんのママになりきれていません」

 「おばあちゃん違うよ。ママはミカのママだからね」

 そばからミカちゃんが突然声上げたのです。

 「あらあら~ミカはやっぱりママの味方なんだね」

 お母様は笑います。

 「まあ、それはいいとして折角だから社宅の奥さん方にご挨拶に回ろうと思って、小男鹿買ってきたのです。うちの嫁をよろしくとね」

 言われて慌てました。

 とんでもないことです。まだお母様にカミングアウトしていないのに、社宅の奥さんの誰かの口から私のことをしゃべられたら~。

 それ思うと必死です。

 「いえお母様、それは私が回ります。私が小男鹿持ってまわったら後々私とのお付き合いができて、私も助かります。お願いです、そうさしてください」

 なにか切迫した私の反応にお母様は驚いた様子をみせながらも、うなずいてみせたのです。

 「あきさんがそういうなら、いいですよ」

 言われてほっとしたのですが~

 「でも、お隣さんだけは私の手が離せない時に、よくミカを預かってもらっていたからご挨拶に行っときますね」

 次の言葉にもうパニックです。どうしたら?考えても答えがでてきません。止めてくださいなど言えることではないのです。

 <運を天にまかせる>とはこのことです。

 隣の奥さんが私のこと知っていないことを思って、祈るような気持ちです。

 「お願いします」

 お母様にそう答えるしかありませんでした。

 <続く>