76回

  朝、寝室のベランダに面した障子窓から、朝の光が柔らかく入ってきて私は目が覚めます。高いベッドから滑り降りて、二重のカーテンとガラス戸を開けて外の涼しくなった秋の空気を吸い込むのです。

 広いベランダにテーブルを囲んで、藤の椅子が三脚~

 

 そう、夏の夕方のそよ風に包まれながら、私は正人さんやミカちゃんと3人テーブルを囲んで夕食をしたのです。

 ミカちゃんの籐椅子は高くテーブルに合わしています。

 結婚してまだ日が浅く、私と正人さんはビールの注ぎあいして、私の下手な夕食を口に運び、ビールを流し込んで会話を楽しむのです。

 ミカちゃんまでがその会話の仲間入りするのですから、急にませてきたものです。

 

 そのとき、どんな会話を交わしたのか?

 楽しかったことは覚えていても、正人さんが居ない今思い出すことができないのです。

  パジャマを脱いでサマードレスに着替えて寝室を出ると、ミカちゃんの部屋に入ります。

 ミカちゃんはベッドの上で布団から足を突き出して、まるで男の子のように大の字になって寝息を立てているのです。

 すべすべの顔に髪がかかっていて、寝顔はやっぱり可愛い女の子です。

 考えてみたら、幼子のときからこの子は一人で部屋で寝ていたのです。母親が亡くなって添え寝もなしに寝るしかなかったのだと~。

 私が亡くなった奥様に似ていることもあるけど、私がママになって添い寝をしてもらうことも、ミカちゃんが私を懐く動機になっているのだと思うのです。

「ミカちゃん、お早う。朝ですよ、起きなさい」

 耳元でささやくと、ミカちゃんは薄っすら目を開けます。私の笑顔がのぞいているのを見ると、目がぱっと大きく開いて、手を差し伸べて何時もの朝のように私の首に抱きつくのです。

 「ママお早う」

 「ミカちゃんお早う。さぁ起きるのよ。」

 私の言葉にうなずくとミカちゃんはベットから飛び降りて、自分で服を着るのです。いつの間にか私が着せなくても、ミカちゃんは自分で着替えできるようになっているのです。

 私はそばにいて、その日の服装決めるときだけお手伝いするのです。

  ミカちゃんに腕にしがみつけられながら、洗面所に~

 ミカちゃんがお手洗いに行く間に、私は洗顔してクリームを眉を少し直すぐらいでメイクもしないし、口紅もしないのです。

 正人さんに言われたのです。

 「あきさんは素顔でも桃色に光ってメイクなんかしなくてもいいのじゃない?唇だって赤くて煽情的と言っていいかな?なにも口紅なんか塗らなくてもいいのじゃない?そのほうが僕だって、キッスしたとき口紅が付かなくていいからね」

 笑顔で冷やかすような言い方に、褒められた嬉しさもあるけど、矢張り恥ずかしくなって、正人さんに手を振り上げるのです。

 だから朝の洗顔は、泡石鹸で顔を洗い、クリーム塗るだけにしたのです。

 

 ミカちゃんが顔を洗うと、髪をまとめるのは私の役割です。

 リビングのキッチンで二人で朝の支度です。

 ミカちゃんはパンを焼き、私は卵をフライパンに落として目玉焼きです。

 冷蔵庫から夕べ用意したレタスにキャベツ、トマトを添えてお鉢に盛り合わせて食卓に並べます。

 ミカちゃんもパン皿に焼いたパンを焼いたのに、自分のパンにはジャムを塗り付け私のパンにはバターを塗って、毎朝のことで手慣れているのです。

 飲み物はミカちゃんは牛乳、正人さんが居るときはコーヒーを淹れていて、リビングがコーヒーの香ばしい良いにおいに満たされたものですが、今は私は牛乳と豆乳です。

 「豆乳は女の肌を作るのに良いのよ」

 メイクの先生に言われたからです。

 でも、矢張りコーヒー香りが忘れられないのです。

 正人さんの出勤に合わせて少し早起きして美味しいコーヒーを淹れるのです。朝の準備に追われて、せわしない食事をする正人さんですが、コーヒーだけは落ち着いて飲むのを私は見守ります。

 それと送り出す正人さんと、玄関でキッスを交わすのも朝の私達の行事でもあるのです。

 ときどきミカちゃんが玄関までついてきて、私達の行事を見て笑み浮かべるのですが、もう当たり前のこととして見ているみたいです。

 

 「ねえママ、パパはちゃんと朝ご飯食べているかな~?コーヒーだけで朝抜きで居るのじゃない?」

 「それは大丈夫と思うよ、独り住まいでなくて会社の寮で住んでいるのだから、食事は寮の賄いの人が作ってくれているはずよ」

 「でも外国の女の人が作るのでしょう?きっとママの食事が恋しいと想うよ」

 「そうよミカちゃん。いくら外国のご馳走でも、ママの下手な食事が美味しいとパパはいつも言ってくれていたものね」

 言ってから、そのときの正人さんとのやり取り思い出して思わず笑ってしまいます。

 「う~ん始めは美味しくなかったけど、慣れてきたら美味しくなったものね。パパもきっと同じだと思うよ」

 「そうでしょう、ママの料理は薄味だから美味しくなかったでしょうね。パパも初めはママの料理に妙な顔して食べていたものね。それなのにパパは美味しいて無理に言っているのが可笑しくて笑ってしまったもの。

 でもねミカちゃん、パパはお仕事のお付き合いで外でお酒飲んだり、料理食べたりするでしょう。お店では美味しくするために塩を使うから塩分取り過ぎになって、体に悪いから家では薄味にしているの」

 「ママ、ミカもお嫁さんになったら料理薄味にするね」

 「あはは~お嫁さんはまだまだ先だけど、でもミカちゃん偉いえらい~」

 こんなやり取りしていると、自分でもミカちゃんとホントの母娘<おやこ>のような気分になるから不思議です。

 

 食事の後の洗い物はミカちゃんに任せて、私はゴミ袋を提げて外のゴミ箱に捨てに行きます。

 早く行かないと社宅の奥さん方とかち合います。奥さん方はゴミ捨て終わるとフロアーに集まっておしゃべりが始まるのです。

 冷たい視線を浴びると矢張り怖いのです。

 それでも大急ぎでエレベーターに乗ります。誰にも会うこともなくてほっとしてビルの外に出て、入口の横の金網のケースを開けます。

 あれ?一つだけゴミ袋が残っているのです。

 よく見ると私が先週入れたゴミ袋がそのまま残っているのです。 

 <どうして?業者が私のゴミ残して?>

 なぜ私のゴミ袋回収しないの?考えて、提げている今日のゴミ袋投げ入れるのをためらってしまいます。

 「失礼~」

 背後で声がして振り向くと、社宅のご主人の人が一人ゴミ袋下げて待っているのです。いつもはすれ違うと笑顔になって会釈したり、挨拶したりする感じの良い方なのに今日は笑顔がないのです。

 「すみません」慌ててゴミ袋下げたままに横にのきます。

 ご主人は提げていたゴミ袋を金網のケースのなかに投げ入れると、半身をケースの中に入れて奥にある私のゴミ袋取り出したのです。

 <どうして?>不審に思う私にご主人は私にゴミ袋渡すのです。

 「これダメです。袋が共通の袋になったのでそれに入れないと持って行ってくれません。」

 「共通の袋ですか?」

 訳わからずに問う私にうなづくと、ご主人は怒ったような表情になって~

 「聞いていないのですか。袋もらってきてください」

 告げると問い返す間もありません。

 背中向けて足早に去ってしまったのです。背広姿だから会社の出勤で急いでいるの

だろうと、声掛けづに見送りました。

 でも何か釈然としないものが澱<おり>のように、心中に残っているのです。

 <続く>