72回

 

 「ママ待って~」

 ミカちゃんの甲高い呼び声に自分を取り戻しました。

 気がついたのは、ミカちゃん置き去りにして私は一人訪れた家から出てきていたのです。

 足止めて振りかえったら、走ってきたミカちゃんが私の手を握りしめます。

 「ママ酷いよ。私を置いて帰るのだもの~」

 「ああ~ゴメン~ミカちゃん。ママ、あのおばさんと話ししていておかしくなったみたい」

 「そうだよ、あのおばさん嘘ばかり言って、ミカのこと男勝りなんて言って、絶対許さない~パパが帰ってきたら言いつけてやるから」

 「そうよ、今はパパはお仕事で大変だから心配させたらいけないから黙っていましょう。おばあちゃんにも言ったらだめよ。心配かけたくないからね」

 「わかった。でも帰ってきたらパパには言うよ。ママの悪口言わさないようにパパにしてほしいからね」

 「ありがとうミカちゃん。ミカちゃんはママの味方だものね」

 「そうだよ。ママはミカのママだからね。絶対だから」

 「そうよね。ミカちゃんはママの大事な娘だものね」

 「そうだよ、あの男の子がママの悪口しゃべりかけたでしょう、だからミカ睨んでやったの。だから黙ったでしょう。忘れたと言って」

 「そうだったの、じや、その子どんな事言うつもりだったのかしら?」

 「それがママ~私も忘れたの」

 「あらあらミカちゃんも男の子と同じなの?」

 「同じじやないの、ホントにミカは忘れたのだから」

 なにか真剣に訴えるようなミカちゃんを見ると、はっと胸がつかえるのを覚えたのです。

 そうだったのか?ミカちゃんあの奥さんの言葉聞いて知ったのだ。私の<男>を~でもそれは言えないことと、私のショックを受けた姿見て悟ったのに違いない。口にすれば私を失うことになる。ママを失くすことだと直感で知ったのでは?

 だから忘れることにしたに相違ないと~

 私は理解したのです。

 もうこれ以上ミカちゃんを問い詰めてもミカちゃんは話さないでしょう。いえ、話せないと分かったのです。記憶から消されたのですから~。

 「ミカちゃん安心してもいいよ。ママがおばさんにちゃんと謝ったからね。それにミカちゃんもゴメンナサイと言ったでしょう。それで終わり。またあの子と仲良く遊んであげなさい」

 「うんわかったよママ。仲良くしてブランコ遊びするよ」

 聞き分けの良いミカちゃんの返事に私は、この子のママになって良かった~思うのです。

 

 社宅に帰って、お昼を二人で食べて、いつもより早くミカちゃんをお昼寝させました。

 一人になって落ち着いた気持ちになって考えたくなりました。尋ねて行った先の奥さんの口滑らしたような言葉が気になって仕方なかったのです。

 それにしてもどうして私のこと会社中の評判になっているの?私の女装のことあれだけ秘密にしていたのにどうして知れたのか?

 正人さんがしゃべる筈はないのに~

 不安感に包まれ考えてしまうのです。

 会社に知れたとして正人さんの会社の立場に影響あるのだろうか?

 そのこと考えて、あっと思い当たったのです。

 社宅のフロアーでのおしゃべりしていた奥さん達の私に向けられた視線。

 今までは正人さんの妻になった、歳の離れた娘のような私に、興味そそられるような視線で見られていたと思うのに、ある日を境に突然冷たい視線が向けられ、言葉もかけらえることもなく、よそよそしく無視されるようになったのです。

 何故なの?その時は分からなかったけど、今、気づきました。

 そうか、私のこと会社で評判になって、私の女装妻のことが知れ渡ったということに違いない。

 でもそれでも分からないのは、どうして私のことが会社中に知れわったったのか?

ということです。

 私の女装姿での行先は女装クラブだけです。それに女装してメイクした私から男の私を見分けられない自信があるのです。

 それに女装クラブの発展場に来る男性は私を見知っていますけど、男の素顔を見せることはないのです。隣り合わせのメイク室では女装さん達はメイクのために素顔になるけど、メイク室は男子禁制~入れません。女装さんだけしか入れないのです。

 では女装さんは?ということですけど、これは論外~たとい会社の人のなかに女装趣味の人があって、私を知ることがあったとしても、しゃべることできないのです。

 だって自分の女装を知られることになるのですから、それにいくら仲が良くても自分の身元は明かさないものなのです。

 それを詮索しないというのが、互いの暗黙のルールですから。

 ほとんどの女装さんは家族にも女装は秘密にしています。所帯もちのひとでも奥さんにも知られないように、隠して女装しているのです。

 それはもう大変なことなのです。

 女装が知れて親から勘当された~奥さんと別れた~それが怖くて結婚もしない一人暮らしの女装さん。

 そんな話はよく聞くことなのです。

 だから絶対秘密~女装さんの不文律です。

 女装さん仲間どうしでも明かすことしないのです。

 私の親友、由美さんでも私の仕事先は教えていませんし、私も由美さんの経歴も勤め先もしらないのです。

 だって女装するということは、男から女~別人になるのですから、男の身元は知る必要ないのです。

 女としてのお付き合いを男さんとも、女装さんともするだけなのです。

 

 それなのに~どうして私のことが知られたのか?

 不思議に思うだけでなく、会社中に知られることになった今、どんな恐ろしい反応が私だけでなく、正人さんにも返ってくるのか?

 どうしたらいいのか?怖くて怖くて~

  でもどうして知られたのか?謎を解くことも念頭にあるのです。

 とにかく正人さんに報告することも思いついたのですが、でも仕事先で苦労しているのに私の気苦労まで持ち込んでは~と止めました。

 でも不安はぬぐえないのです。

 これが原因で正人さんと別れるようなことにならないか?他の女装さんの辛い経験が私にも来るのか?

 恐ろしさが私を包み込むのです。

 <続く>