70回
正人さんが海外に行き、お母様が田舎に帰られて、私はミカちゃんと二人きりの暮しになって、母と娘という生活の実感を感じるようになりました。
でも実際は母と子というには私は若すぎるのかもしれません。
ミカちゃんと日課になっている児童公園に行って、知り合ったお母さん達の子供さんとの触れ合いを見ると、どこか私達と違うという感じがするのです。
お母さんの子供に対する接し方見ていると、優しいなかに厳しさがあるのに気が付いたのです。
叱らなければならない時には言って聞かしながら叱っています。
比べて私とミカちゃんは母と子というより、姉、妹とそんな感じ。
それに私といえば姉どころか、女になり続けることが大変なのですから、ママの役割演じているだけでは?と思ったりするのです。
その日も午後のひと時、もう夏の暑さも遠いて公園の日陰のペンチに座って本を読んでいると、心地良いそよ風になぶられていつか居眠りしていたのです。
「穂高さん大変よ、ミカちゃん男の子と喧嘩して男の子怪我さしたみたいよ」
慌てた声に目が覚めたのです。
ミカちゃんと言う言葉に反応して立ち上がりました。
声かけたのは公園友達の若いお母さんです。
「ミカちゃんが男の子と喧嘩して怪我させられたの?」驚いて問います。
<大変なことになった、正人さんに怒られる。>頭に瞬間に浮かびます。
「違うのよ、ミカちゃんが男の子に怪我さしたの」
「ミカちゃんが怪我さしたって~」
聞き返す暇もありません。砂場のブランコに向かって走り出していました。
でも、行ってみると拍子抜けです。
ミカちゃんはブランコに乗ってギイコ~さしているのです。
年配の婦人が笑顔浮かべて砂場の端でミカちゃんを見ているのです。
「ああ、ママ~ブランコ押してよ」
ミカちゃんは何事もないように笑み浮かべて催促するのです。
「ミカちゃんあなた男の子と喧嘩したって?怪我さしたの?」
「喧嘩なんかしてないよママ」
「そうですよお姉さん、押し合いして男の子が転んだだけですよ。」
年配の婦人が横から声かけてきました。ミカちゃんがママと言っているのに、婦人は私を娘と思っているようです。
「でも怪我したとか?」
「いいえ、あれは遊び怪我ですよ。膝小僧すりむいて少し血が出たのでびっくしたのでしょうね、大泣きして家に帰ったものだから、そばにいた奥さんがびっくりして
お姉さんに知らせに行ったのですよ。私らの子供の時は娘の私でも擦り傷など始終でしたけど気にもしませんでしたのにね。今の子は大事にされて頑張りがないのかね。お姉さん気にしないでいいのよ。大したことでないから」
安心させるように笑顔で老婦人は言ってくれるのだけど、ママとしてこのままで済ますわけにはいきません。
「でも矢張り謝りに行かないと~どこのお子さんでしょうか?」
「そこの二つ目の通りの入って2軒目のお家です。でもお姉さん気をつけなさいよ。あそこの奥さん大会社の〇〇商事に主人が勤めていると鼻にかける、いけづな奥さんだからね」
ひそひそ声で告げられて、あっと息呑みました。正人さんと同じ会社の方のようです。これはもうこのままでは済まされない。ミカちゃん連れて謝りに行かなければならい。と、気が付いたのです。
「ミカちゃんちっと来なさい」
ブランコを揺らしているミカちゃんに呼びかけます。
「行くから、ママ、ブランコで遊ぼうよ。」
「ダメです。ママの言うこと聞きなさい」
それで気が付いたのです。
ミカちやんに優しくと接してきたけど、私はミカちゃんの母親なんだ。公園友達のお母さん達のように厳しさも必要、ミカちゃんのしっけも私がママである限り必要と気が付いたのです。
「ミカはなんにも悪いことしてないんだから、いいでしょう?」
抗弁するミカちゃんにここで妥協して、優しい顔見せてはダメと自分に言い聞かせます。
「ママの言うこと聞かないなら、ママはあなた置いて先に帰ります。それでもいいの?」
「そんなのひどいよママ。ミカは悪くないのだから、ママが先に帰るというなら帰ってもいいよ。ミカは一人でもお家に帰るから~」
しっかりしているけど、ミカちゃんは強情なところもあるのだと気が付きました。
でもここで折れたら、これからもミカちゃんは私の言うこと聞かなくなるとが出てくると思います。
「そう分かった。じやミカちゃんはママの言うこと聞かないのだから、ママをやめます。ミカちゃんはまた前のようにパパの帰るまでおばあちゃんと暮らしなさい。それでいい?」
怖い顔付して告げると、ミカちゃんの表情が一気に変わります。ベそかく表情になって今にも泣きそうになったのです。
かわいそうに思うのだけど、ここで妥協してはならないのです。
「ママやめないで!ミカ、ママの言うこと聞くから~」
ブランコから飛び降りると、砂をけってミカちゃんが私の胸に飛び込んできたのです。
「わかったミカちゃん。ペンチでママとお話ししましょう」
あっけにとられたように私達のやり取りを見ていた老婦人に挨拶して、ミカちゃんと手をつないで、座っていたペンチに戻りました。
ペンチに残されていた読んでいた婦人雑誌のページがめくれています。
座った私の横にミカちゃんを座らします。
「前向いてママの顔見ないでいいから、ママの聞くことに答えてくれる?言っとくけどママはミカちゃんが悪いなんてひとつも思っていないからね」
「わかった~」
「じや聞くけど、男の子はどうして怪我したの?」
「ミカが押したら転んでひざすりむいただけだよママ」
「ええ、だって相手は男の子でしょう、てっきりママはミカちゃんが怪我させられたと思って心配したのよ」
「だってママ、あの子男の子のくせにミカに押されてこけて膝から血出るの見て泣いたんだよ、男の子のくせにあの子弱虫だよ」
言い切ってうすら笑いするミカちゃんの横顔見て、この子、子供と思っていたら結構したたかで、芯があるんだと感心します。
「へえ~ミカちゃん女の子なのに、男の子泣かしたの?良いとは思わないけどママびっくりする。それで、なぜ男の子を突き飛ばしたの?怒っているのじやないから教えてくれる?」
「だってママ、あの子ママの悪口言ったんだよ。だからミカ腹が立って突き飛ばしてやったの」
「ママの悪口言ったからミカは怒ったのね。へえ~ミカちゃんママの代わりに怒ってくれたんだ~。ありがとう。それで男の子ママの悪口をどんなこと言ったの?」
「それは絶対言えない」
口をきっと結んで怒ったような表情で答えるミカちゃんです。
「でもさっきミカちゃんママはの言うこと聞くと言ったじやないの」
「うん、でも言いたくない」
女の子としては信じられない断固として答えるみかちゃんに、私は問い返すのをやめたのです。
「じや代わりにママの頼み聞いてくれる?ママと一諸にその男の家に行って、ママも言うからゴメンナサイと言ってくれる。だってミカちゃんがいくら女の子でも、突き倒して泣かしたんだからね」
「いいよママ、ママと一緒にゴメンナサイ言う。だからママを止めないでね?」
顔向けて私を見つめるミカちゃんの心配げな顔つきに、思わずこみ上げてくるのをおぼえました。
「当り前よママはミカちゃんだけのママですからね、絶対離しませんから~」
言いながら、私はミカちゃんを抱きしめたのです。
ほんとにママになるということは大変なんだと、実感を覚えます。
さあ、今からミカちゃんと男の子の家に、ゴメンナサイ言いに行くのだけど、ふとあの老婦人が言った言葉が気になるのです。
<大会社に勤めていると鼻にかけるいけづな奥さんだからね~>
でも正人さんと同じ会社のものどうしだから、いけづはされないと思うのだけど?
安心を自分に言い聞かせるのだけど、矢張り不安感があるのです。
<続く>