68回

 

 反射的に手引いて「買い物帰りですから~」

 断ってその場を離れたのです。

 玄関の扉を開けるとき、ミカちゃんが私の服の袖を握ってついてきたのに気が付いて、自分の動転ぶりが分かったのです。

 リビングに入って買ってきた夕食の材料を冷蔵庫に入れながら、頭のなかは別のこと考えていました。

 <あの奥さん何気ない風していたけど、指輪見て絶対私のこと見破ったのに違いない。

 病院の会計の窓口で<違っていた男の人だった>とつぶやいて背中向けたけど、でも私が処方箋渡したとき私の指輪を見たに違いない。それで気が付いたのでは?病院では男性だったから、私は女でなく男と~。判断するだろう。奥さんはそのことを社宅の奥さん方に話すかも?そしたら正人さんは男を妻にしていると会社中の噂のタネにされてしまう。

 どうすればいいのか?先の答えがみつかりません。

 <奥さんに黙ってくれるようにお願いに行くか?>

 そのことも考えたけど、かえって私のことを知らせるようなものだと、思いとどまります。

 どうしたら~どうすれば?~

 心が千路<ちじ>に乱れるとはこのことです。

 「ママどうしたの?」

 ミカちゃんに声かけられてわれに返りました。

 冷蔵庫の扉を開けて買ってきた材料を入れて、そのまま私は固まっていたのです。

 「お腹痛いの?」

 ミカちゃんに心配そうな表情で問われて気が付いたのです。

 「大丈夫、一寸考え事していただけ」

 「でも、冷蔵庫の戸を閉めなさいとママいつも言っているのに、開いてるよ」

 「ほんとだ、ママぼんやりしていた~」

 声上げて、ミカちゃんの手前ごまかし笑いする私です。

 <矢張り、心配させたくないけど、正人さんに相談するしかないか>

  自分で答えだせないから正人さんに押し付けるような気がしたけど、とてもじやないけど、私には手に負えません。

 正人さんに女と言われて有頂天になっていた私ですけど、矢張り女装子は世間では受け入れられないのか?

 世間の目から隠れて女装を続けている女装さん達と、私も同じになるのかと考えることが悪い方にと思い詰めてしまうのです。

 

 「正人さんやっぱり私奥さんになるのは無理なのかしら?」

 ミカちゃんを寝かしつけた後、リビングでビールを飲みながら正人さんに問いました。指輪から女装を見破られたのでは?私の心配を話せずにはおれません。

 「僕が結婚して欲しいと言ったのだから、無理なんて思ってないよ。どうしてそんなことを言うの?あきさん」

 正人さんは私のコップにビールを注ぎながら、こともなげにいうのだけど私は安心

できないのです。

 「だって私のこと正人さんの会社の人に知られたら~それが心配で~」

 「それはあきさんと結婚すると決めたときは僕は考えたよ。会社の上司に、若くて美人の女装子と結婚しますと、胸張って告げようと思ったけど理解してもらえないと気づいたから諦めたんだ。まだ今の時代日本では無理かな~と思って。欧米だと男同士の同棲なんて気にされないようなんだけどね」

 「そうなのですね。まさとさんに口説かれたとき( ´艸`)私、信じられませんでした。女装の世界知らない人が、女装子が好きになるなんてある筈なんてないと思っていましたもの」

 「そらぁ普通はそうだろうね。でもほんとのこと言うとね、ミカに背中押されたとか、あきさんが死んだ妻そっくりだと言うこともあるけど、僕の気持ちは美人のあきさんに惚れたということかな~

 それが一番だったと思うよ。だから女装子と知っても気にならなかった。こんな美人と一諸になりたい~それがすべてだった気がする」

 「もう恥ずかしいこと正人さんたら平気で言うのですね。でも嬉しい。私の男だという気持ちなんて忘れさてもらいますもの。」

 「そう、それでいいんだ。こちらへおいで、あきさん」

 正人さんは笑み浮かべて私の手を取り,引き寄せます。

 私も正人さんの首に両腕回して抱きつきます。

 啄むように何度も何度も口づけを受けるのです。

 一息ついたときに、また気になって問いました。

 「でもね~奥さん私のこと気づいて、社宅の奥さん方にしゃべられたらどうしましよう。今日みたいに奥さん方に囲まれて問われたら、どう答えたらいいの。まさか私、男ですなんて私絶対言えない」

 「そうだよあきさん、言う必要なんてないよ。個人のブライバシーなんだから<違います>で通せばいいんだ」

 「そうですよね」

 相槌売って少し気が楽になりました。

 でも私はそれで通せばいいけど、正人さんの場合はどうなのか?それに気づいて気になったのです。

 会社の届け出で婚姻届けだす必要あるのです。扶養者として、家族手当や税金の関係で私との結婚のこと言わなければならないけど、法律が認めないのだからそれができないのです。でも、正人さんの結婚のことはもう会社のなかでは知られていることです。

 ああ、お母様に連れられて社宅の家々に挨拶回りしたことが、今になって悔やんできます。

 正人さん、会社で私のこと問い詰められたらどう答えるつもりなのだろう?

 自分のことだけで思い悩んでいたけど、正人さんのこと考えていませんでした。

 <正人さんはどう答えるつもり?>

 聞きたい気持ちがいっぱいだけど、怖くて正人さんに聞けないのです。

 わたしのこと<内縁の妻>とでも正人さん答えるつもりなのでしょうか?

 考えることもできなくて、その答えのでない気持ちを消すために正人さんの手を引いて寝室に入り、正人さんに抱かれることで忘れることにしたのです。

 

 

 その後気になりながらも、何事もなくて過ぎて、私は、<あの奥さん黙ってくれているのだ>と安心するようになっていました。

 天気の晴れが続いたこともあって、ミカちゃんと公園に行く日も続きました。

 木陰で本を読んだりするより、子供連れで公園に来ている主婦の人達と話題を交わすことが多くなり、家計の切り回しのことを年配の主婦に教えてもらったり、私より少し年上の主婦と友達のようになって、おしやれの会話を交わしたり公園行きはミカちゃんだけでなく、私にも楽しい日課になったのです。

 幸いということでしょうか、家を出るとき外から帰って来た時のエレーベーターの乗り降りの時の、フロアーでの社宅の奥さん達の集まりに出会うこともありませんでした。

 なんとなく私は社宅の奥さん達と会って話交わすのが苦手でした。皆さん年配の方と言っても40歳前後なんだけど、歳が離れているせいか話しにくいのです。

 それが皆さんのご主人達と正人さんの関係では、若い正人さんが上司の関係でもあって奥さん達の私との関係が微妙なのです。

 なにか年上なのに奥さん方は私に遠慮したもの言いされて、私は気楽な話ができないのです。

 公園で会う主婦の人達とは違っているのです。楽しい会話が成り立たない~そんな関係の社宅での近くて遠い奥さん方と私のお付き合いでした。

 でも平穏な日々が続いていたのですが~

 

 何時ものようにミカちゃんと手つないで公園、買い物~いつものコースを経て社宅のエレベーターから降りてフロアーを見ると、奥さん方の集まりです。

 何時ものように丁寧に頭下げます。

 でも、この日は反応が違っていました。

 「穂高さんお帰りなさい」一斉に声が出て会釈が帰ってくる何時もとはちがうのです。

 私の挨拶に会釈もありません。一斉に視線向けられてすぐに顔そむけられたのです。

 冷たい視線を返す人もいました。

 一体どうしたというのでしょうか?奥さん方の冷ややかな反応に私は戸惑うのです。追われる思いで自宅に入ったのです。

 疑問が解けなくて、帰宅してきた正人さんに聞くことにしていたのに、それより早くです。

 玄関に入った正人さんを迎える私に、正人さんが告げたのです。  

 「あきさん困った~会社から半年、海外赴任を命ぜられた」

 <半年~海外に?>

 返す言葉がありません。

 <正人さんと離れて暮らすの?>

 衝撃が全身を走りました。

 

 <続く>