66回

 

 病院の人達に結婚のお祝いの言葉を口ぐちに掛けられても、もう嬉しさいっぱいの笑顔でおれませんでした。

 また社宅の奥さんが来るのでは?恐怖感に憑りつかれていました。

 <もう退職するのだから~>そう自分に口実つけて、結婚の準備があるので~と早退さしてもらいました。

 仕事を続ける意欲が失せたのです。

 明日は退職のために後任者への引継ぎと、あいさつ回りで窓口に立つことがないのが救いです。

 

 大急ぎで元の自分の住んでいるマンションに寄りました。社宅で正人さんと住むのでマンションは、月末までに引き払うことしなければなりません。

 そのための荷物の整理で大忙しですが、今日はそんな余裕はありません。

 メイクをして女性になり、ミカちゃんを保育所に迎えに行かなければならないのです。これから日々ミカちゃんの送り迎えをする日が続くのです。

 退職するのはそれも理由の一つでもあるのです。

 でもそれだけではありません。

 仕事を私が続けるとしたら、当然男性として病院に出勤することになります。でも社宅を出るときは女性でなければならないのです。

 とすれば、一体どこで女性から男性に変わるのか?という大問題があるのです。

 マンションを引き払えばその場所がなくなります。

 それで正人さんに勧められて<生活は僕の稼ぎで大丈夫だから>と、私の病院勤めを辞めるように勧められたのです。

 まあ、本当のところ正人さんの本音は、私に女性のままで居て欲しいということだと私は察しているのです。

 確かに妻が男になったり、女になったりをされるなんて~とてもじゃないけど受け入れられないでしょうね。

 それに今度のように社宅の奥さんに男姿を見られる危険を考えると、私も改めて病院の退職しかないと考えるのです。

 

  ミカちゃんを迎えに正人さんの勤め先の保育所に駆け込んだ時、迎えの時間が過ぎていました。迎いに来る奥さん方の姿はなく、保育所はひっそりして人気がありません。

 保育所のフロアーの部屋でミカちゃんは保育士さんになだめられている様子がガラス越しに見えます。

 「すみませんでした、遅くなりまして~」

 「子供たちみんなお迎えきて帰ったのに、ミカちゃんが一人残ってしまって、ママが来ないと泣きべそだったのですよ。ミカちゃん良かったねママが迎えにきたよ」

 若い保育士さんは良かった~と表情に見せた笑顔で答えたのは、迎えが来なかったらどうしょう?~と保育士さんも困っていたのでは?

 「ママ遅い~」

 ミカちゃんは叫ぶと椅子から降りて私に走り寄って抱きついてきます。

 「ごめんねミカちゃん、ママお仕事で遅くなったの~保育のお姉さんにみてもらって良かったでしょう。ママと一緒にありがとう言いましょう」

 「うん分かった~お姉ちゃんありがとう」

 「お世話になりました。ありがとうございます」

 「いえいえこれも仕事ですから。ミカちゃん来月からママさんとず~と一諸なのでしょう?良かったね~」

 「そうだよ、もう保育所に来なくていいの、ママが居てくれるからね」

 私が病院を退職して、住んでいたマンションを引き払えば、社宅でミカちゃんと暮らせるのです。

 私が社宅で住めばミカちゃんとず~と一諸に居るから,ミカちゃんは保育所に行かなくていいのです。

 病院勤めは明日で終わるけど、マンションを引き払うには荷物整理に今月いっぱいかかりそうです。

 

 ミカちゃんと手つないで社宅への帰り道、晩のお惣菜買いにスーパーに寄ります。

 「ミカちゃん今夜の夕食何に食べたい?」

「う~ん、おばあちゃんが作った天ぷら」

「おばあちゃんが作った?家で揚げた天ぷらなの?」

「そうだよ、天ぷらは揚げたてが美味しいんだって」

 これは大変~一人暮らしの私は天ぷらはお店のできあいが安くて経済てきだから、家で揚げて食べるなんて、母が生きていたころしか経験ないのです。それも母が揚げたのを食べるだけだったから~。

 でも具材は何だったかな~?

 考えている私にミカちゃんは私の腰をたたくのです。

 「ママ天ぷらはむつかしい?」

 心配そうに私を見上げるのです。

 問われてはっと気がついたのです。

 私はもう奥さんになって、ママになっているんだ。天ぷらも揚げられないなんて、ママ失格だと~。

 自分に気合入れたら思い出したのです。

 カラオケのママさんに連れられて沖縄料理のお店行ったとき、もづくの天ぷらを始めて食べたのが、揚げたてで美味しかったて~

 そう、具材はまづ、もづくにする。

 「ミカちゃん少しここで座ろう。ママ天ぷらの具を何にするかを調べるからね」

 スーパーの入口のペンチに座ります。

 携帯をだして調べるのです。

 「天ぷらのつくり方」のプログを探しレシピを見つけました。

 ああ、てんぷら粉があるんだ、これなら簡単に衣ができるんだ。サクッとした天ぷらを揚げる方法か?

 具は?春菊・舞たけ・レンコン・かぼちや・ミカちゃんの好きな海苔・そして<もづく>を加える。

 「決まった~ミカちゃん行きましょう」

 ミカちゃんの手引っ張ってまず生ビールの缶を私と正人さんに。アテはお刺身盛り合わせパックです。

 そして天ぷらの具を買います。ああ、カボチャは買いたくても買えません。それが大きな玉だから、天ぷらに使った後の残りをカボチャで過ごさないといけないのですから。

 代わりにサツマイモ1本買いました。

 主婦になったのですから、家計の経済も考えないといけないのです。 

 

 スーパーを出ると夕方とはいえ熱い空気に包まれて、まるでお湯の中を歩いているようです。膨れ上がった買い物袋にバックを下げて、ミカちゃんの手を引いて歩いていると~。

 あっという間に背中からわきの下が濡れて、額に汗が噴き出てくるのです。

 「ママ暑い~」

 「ほんとだね~ああ、あそこのお店ソフトクリームの絵がかかっている。ミカちゃんソフトクリーム食べましょう」

 「食べる、食べる~」

 待ちきれないのか、ミカちゃんは私の手を振り切って屋台のお店にかけていくのです。  

  
  屋台の横の縁台に二人並んで座り、ソフトクリームをなめているのですから、確かに親子です。いえ、人目からすると姉妹と見られるかもしれません。

 でもそう見えても、ミカちゃんのほっぺたに付いたソフトクリームをぬぐってやる私の仕草は母親です。

 ソフトクリームのコーンカップを口に付けると、指に青い光が反射します。指輪の

オパールです。夕日にきらめく光を反射しているのです。

 亡くなった正人さんの奥様の指輪が、今、私の指にある。

 正人さんがソフトクリームを口にしている私達を見たら、どう思うだろうか?

 ふと、そんなこと思いました。

 ミカちゃんと並んでいる私に、きっと亡くなった奥様だと思い込むでしょうね。

 そんなこと思い浮かべていると、なぜか正人さんが恋しくなるのです。正人さんに抱かれての絡みは、多分女の人より激しいかもと思うのです。今夜もまた、正人さんに愛される。期待が沸き上がってきて~でも、そんなこと想う自分が急に恥ずかしくなってきて~~。

 

 「ミカちゃん食べた?帰りますよ」

 ミカちゃんの手を引いて家路につくのです。

 

 「あきさん天ぷらいけるんだ~このシャキシャキ感がたまらない。どうしてこんなに美味しく揚げられるのか?料理屋並みだよあきさん」

「もうオーバなこと言って正人さん。ネットでㇾシビみてその通りしただけですからね。それに天ぷらは揚げたてだから美味しいのですよ」

「そうだよパパ~おばあちゃんがそう言っていたよ」

 サツマイモの天ぷらを口にほおばっていたミカちゃんが、横から口出しします。

「そうだなミカ~おばあちゃんの天ぷらも美味しかったな~それより、あきさんも揚げるのやめてビールで天ぷら一諸に食べよう」

「はいはい天ぷらでビール飲みましょう。今日は暑かったもの~冷たいビール飲みたい~」

 きゅ~と一杯やりたい~言いかけて慌てて口閉じます。これは男性の言葉です。

 キッチンに立って時計の秒針見ながら、天ぷら鍋からタネを引き上げます。

「はい正人さん熱い揚げたて食べてください」

 腰掛けてコップを手にすると、正人さんが生ビールの缶からビールを注いでくれます。

「カンパイ~」正人さんがコップを上げるのに合して、私はコップを当てます。

ミカちゃんも真似してお茶のコップを上げます。

「あれ、あきさんこのタネなに?変わった味だけど美味しい」

「それですか、もづくです。沖縄の天ぷらの定番みたい」

「もずくてね~酢のものだけでなく、天ぷらになるんだ」

「そうなのです。美味しいでしょう?ああ、ミカちゃんも食べてみる?」

 うなずいたみかちゃんの口にモズクの天ぷらを箸で運びます。

 冷たいビールを一息に飲んで生き返った気分です。

 

 家族というものを経験した覚えのない私が、家族を授かったのです。幸せな気持ちが私を満たします。

 でも、それなのになぜか、病院で声かけらえた社宅の奥さんの顔が脳裏に浮かんで雲が横切るような感じに~ふと、とらわれたのです。

 

<続く>